この店に来た時は大抵いつも力や坂本と言い合っていて、ろくに音楽も聞いていなかったが、店内には会話の邪魔にならない程度にジャズのメロディが流れている。
「うん……」
少しためらいがちに、だが落ち着いた口調で坂本は言った。
「ほんとは、もうちょっと成瀬が心を開いてくれてから言おうと思ってたんだけど」
え、と佑人は坂本を見つめた。
「成瀬が好きなんだ。そういう意味で。つき合いたいと思ってる」
気負うでもない、いつもより低い声は大人の男が発しているように聞こえた。
思いがけない申し出に、佑人は言葉が出てこなかった。
低いがはっきりとしたもの言いは、練の耳にも聞こえていたはずだが、茶々をいれてくるでもなく、黙ってグラスを拭いている。
幾らなんでも、人のいるところで、坂本が嘘でそんなことを言うとは佑人にも思えなかった。
少なくとも、力の戯言とは違うだろう。
「俺はマジだけど」
坂本は微笑んだ。
バレンタインデーなどは一種のお祭り的なものとしてとらえていたから、佑人は自分が実際人に好意を持たれること自体、不思議な気がした。
確かにマジだろうと思うからこそ、はっきりと断るべきだと佑人は思った。
それこそ力の言うように、申し訳ないだけでつき合うなんてできないし、坂本に対して失礼だ。
だが、何と言っていいのかわからなかった。
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