世界史の教科書を開いていた坂本の前に、芳醇な香りを漂わせつつ紅茶が置かれた。
「あれ、俺、頼んでないけど」
「俺のおごり」
練がニヤリと笑う。
「そりゃどうも」
坂本はフンと笑みを返す。
「CLOSED、変えてこようか?」
「いいだろ、もう今夜は。雨も降ってきたし」
練は窓の外に目をやった。
「あいつら、傘持ってなかったよな」
思い出したように坂本が呟いた。
「いいんじゃね? うまくいったんならだけど」
「いい加減、何とかしてもらわねぇと、狂言回しも疲れるし」
坂本は伸びをして、首を回す。
「しっかし、捻くれ者のガキ大将と頑固な捻くれ者ってな組み合わせ、なかなか珍しいぞ」
練は面白そうに笑い、最近凝っている顎鬚を指でさする。
「まあね、前にここでたまたま成瀬の兄貴と錬さんがタローとラッキーのこと話してたの聞いてたからな」
「ああ、小学校の時、力から成瀬くんがラッキーをもらったってやつ?」
だから坂本にはわかってしまったのだ、佑人が泣いていた理由が。
まあ、薄々は気づいていたのだが、自分と仲良くしているうちに佑人が自分の方に切り替えてくれないかという淡い期待を込めて、あえて知らないふりをしていた。
「力のやつ、んっとに、ガキん時のまんまだからな。好きな子は泣かしてしまえ、ホトトギス」
「何だよそれ、はまりすぎ」
坂本は笑う。
「クッソ、俺だって、小学校で出会った時から、成瀬のこと気になってたんだぞ。今だって、力のヤツがガックリして戻ってくるのを待ってるんだ」
少々の負け惜しみを口にしながら、坂本はタブレットのキーボードを叩く。
我関せずのタローと坂本の貸し切り状態のまま、カフェ・リリィの雨の夜が静かに流れて行った。
おわり
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