「成瀬、上か?」
クーンと喉を鳴らす犬に力が語りかけると、犬は意味がわかったように、階段へと向かい、来い、というように力を振り返る。
「来いってよ、啓太」
「お、俺、いい…力、行って来いよ」
「はあ? お前が成瀬に用があってきたんだろうが」
しかし、啓太は大きな犬にすっかり恐れをなしてしまって動こうとしない。
力は仕方なく立ち上がり、犬を追うように階段を上がっていく。
二階に上がり、手すりから吹き抜けになっているリビングを見下ろすと、メガネ美人はまだ電話をしていて、啓太はこわごわ力を見上げている。
廊下に足を踏み出して、ふと、力は足を止めた。
健康優良児のまま高校生になったかのように、病気などほとんどしたことがない力に負けず、同じクラスになってから確かに佑人が休んだことは一日もなかった。
顔が赤かったり熱っぽそうな日もあったが、無理やりにでも必ず最後まで佑人は授業を受けていく。
そんな佑人に授業をボイコットさせたのは、自分があんなことを言って怒らせたせいかも知れないとは自覚していた。
「…ちっ!」
ドアは少し開いていた。
犬はその隙間から中へ入っていく。
いざドアを開けようとして、力を躊躇させるものがあった。
一応ノックをしてみた。だが、応答はない。
力はそっとドアを開けた。
部屋はフットライトと、大きなスタンドだけでほの暗く、目が慣れるまでしばしの時間が必要だった。
「おい、成瀬……」
やはり返事はないので、中に足を踏み入れる。
窓側のベッドに横たわっている影があった。
力が近づいても、身じろぎひとつしない。
「成……」
力は口にした名前を途中で飲み込んだ。
枕元のテーブルにははずされた眼鏡と薬、ポカリスエットのボトル、椅子にかけられた学生服。
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