ACT 1
入道雲がむくむくむくむく、空一面に広がり始め、蝉の鳴声が一段とトーンをあげた。
山間の街に訪れる夏は一足飛びに駆け抜けていく。
夏の生きものたちはここぞとばかりに短い季節を謳歌する。
「ひと雨きそうだな」
江川優作は空を見上げて呟いた。
目当ての店は土産物屋が連なる古い軒並みを歩いた通りの端にあった。
観光地として有名なこの街を、今日も旅行者があちらこちらと漫ろ歩いている。
優作がこの街を訪れるのはもう何度目かになるが、友達がいるからというだけでなく、のどかな空気感が気に入っていた。
伽藍という看板がようやく見えてくると、優作は少しほっとする。
さすがに日中の日差しは強い。
ドアを押して中を覗くと、うわ、と思わず口にしそうになるほど、人で一杯だった。
夏の観光シーズンとはいえ、小さな店の許容量を越えているのではないか。
壁ぎわに陣取っている女の子のグループは六人掛けのテーブルなのに無理遣り八人はいそうだ。
「元気ぃ、ブルーベリーのアイス、四個追加ぁ」
その八人のうちの一番派手そうな女の子が手を挙げた。
もっとも、どの子も頭の天辺から足の先まで、カラフルこの上ない。
「Copy」
カウンターの中で、横柄な注文にも嫌な顔をするでもなく応じる、長い黒髪を後ろで結わえている若い男。
相変わらずだな。
優作は苦笑しながら出直そうとしたが、「優作さん、いらっしゃい」とトレーを抱えて忙しく店内を飛び回っている女の子に声をかけられた。
カウンターの中からも、「おう、優作じゃないか、入れよ」と笑顔を向けられる。
優作の学生時代の仲間で、今でもちょくちょく会っている数少ない友人、岡本元気だ。
学生時代からバンドを組み、ギタリストとしてその業界ではちょっとカリスマ的存在で、ルックスも手伝ってかなり人気があった。
亡き父の店を継ぐため、あっさりと田舎に引っ込んで喫茶店のマスターに落ち着いた元気をその頃のファンがたまに訪ねてくるらしい。
彼女たちもそのクチか。
「けど、いっぱいだし、またあとで寄るよ」
「まあまあ。ここの端っこ、紀ちゃん、空けてやってよ」
元気が示したカウンターの端の椅子には、いつも小型のテディベアが座っている。
「はい、どうぞ」
テディベアを抱きあげたアルバイトの紀子とも既に顔見知りだ。
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