近くの造り酒屋の一人娘だが、自分の店よりも元気の店を手伝う方が好きだという。
「どうしたんだよ、急に。今度は俺に何をコーチしろって?」
優作が椅子に座ると、元気がにやにや笑いながらそう言った。
「からかうなよ」
優作はちょっと伸びすぎたかな、と思う柔らかい前髪をかきあげる。
昨年末にも優作はスキーのコーチとしての元気に世話になっていた。
女の子と一緒に行くスキーツアーで恥をかかないようにしたい、と頼み込んだのだ。
スキー場が目と鼻の先という場所柄、幼い頃からスキーに親しんでいる元気はインターハイも出場しているし、インストラクターとしてもかなりの腕だ。
優作も十分滑れるのだが、N県出身と名乗るには、もう少しきっちりマスターしておきたかった。
何せ一緒に行くことになった男はスノボですらも何の苦労もなく滑りまくって、女の子たちの注目を浴びていた。
実はそんな男と比べられて、自分が恥をかきたくない、というのが、本当の理由だったのだが。
優作は近年自分の一番身近にいる男の気さくで大らかな笑顔を思い浮べた。
大学時代は体育会系には属していなかったが、中学時代までアメリカで育ったという帰国子女でアメフトで鍛えられたらしく大柄で、テニスやバスケなど何をやらせても卒なくこなし、男らしい端正な顔つきといい、バイリンガルどころか数カ国語を操り、しかも頭も切れる、と何拍子も揃ったその男は女にも当然よくもてる。
そのせいか、女の子をとっかえひっかえ、長く続いた試しがない。
大らかといえば聞こえはいいが、楽天家でマイペースこの上なく、周りはいつも振り回される。
要は無節操なやつなんだ。
思い出すだけで腹立たしい。
第一大学時代べったり一緒だったのだから、何も同じ会社に決めなくてもいいじゃないか、と思う。
最初に出版社を希望すると宣言したのは優作の方だ。
なのに内定をもらって有頂天で研修に行った先にあの男もいたのだ。
優作は今、地味で気を使うばかりの美術誌の編集部にいるのだが、いや、優作自身が絵をみることが好きだと面接のときに強調したことが関係しているのだろうとは思うのだが、華やかなスポーツ誌の編集部に配属されたあの男とお陰でまた比べられることになった。
コトリと大きめのグラスが優作の前に置かれる。
「あ、ありがと」
アイスティーの涼やかな香りが鼻をくすぐった。
オーダーしなくても元気が作ってくれたそれは、優作が気に入っているオリジナルブレンドティーだ。
もともと元気の父親がやっていたのは珈琲メインの店だったが、一時紅茶やハーブティーに拘った元気は、美味しい入れ方の講習会まで足を運び、珈琲とともに紅茶のメニューも増やしたようだ。
この店の壁に掛かっている風景画も優作は気に入っている。
作者である東は元気の高校の同級生で、以前この店で会って絵の話で結構盛り上がった。
「今日は将清のやつは一緒じゃないのか?」
たった今、優作が頭に思い描いていた男の名前を元気が口にする。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます