「こっちはすっかり寒くなったな」
ドアを開けると、店には客がぽつりぽつりといるだけだった。
「おい、優作、驚くだろ、急に。どうしたんだよ」
元気は相変わらずきれいな笑顔を向けた。
「出張のついで」
優作はカウンターの端に陣取り、手土産にと買った京都の八つ橋を元気に渡し、元気のオリジナルティーを注文する。
心とは裏腹に口はいつになく饒舌になり、会社のことや妙な画家に出会ったこと、うるさい評論家の噂、飽きもせずに聞いてくれる元気にしゃべり続けた。
紀子は友達と旅行だという。
「ワイン、買ってきたんだ。飲まないか? 今夜、予定ある?」
しばらくそんな話をしてから、優作はボソリと言った。
「今夜は別にいいけど、まあ、母親いるけどかまわないぞ」
元気は言った。
「実はホテル取ったんだ。駅前のWホテル」
「いまさら水臭いぞ、俺んちにきたらいいだろ」
「いや、急だったしな」
優作はホテルで待ってるから、と言って店を出た。
一足飛びにやってきた秋は、真夏にやってきた時とはすっかり周囲の様相を変えている。
青々としていた山の木々には鮮やかな黄や紅が混じり、昼の日差しが暖かい、そんな感じの空気だ。
こんな日は山歩きなど絶好の日和だろう。
相変わらずあちこちから集まってくる観光客も心なしか足取りが軽そうである。
「よう」
恐らく散策日和だからやってきたわけではないだろう、見るからに洗練された都会的な男が元気の店に顔を覗かせたのは、優作が帰ってしばらくしてからだった。
「珍しいな、将清、一人? 仕事ってことはないよな?」
ちょっと驚いた顔で元気は尋ねた。
「まあ、ないな」
ひょっとして優作と待ち合わせなのか、とも思い、元気は「優作は?」と聞いてみた。
「あいつは……関西に出張って聞いた」
ふいに将清の表情が曇るのを見て取った元気は、そうすると二人がここに来たのは恐ろしい偶然ということか? と自問する。
将清はカウンターの元気の前に陣取り、コーヒーを注文した。
「で? どうしたって?」
元気が促した。
「俺は優作に無理させてたのか? ただ一緒に歩いていきたいって思ってただけなのに」
唐突にポツリと将清が言った。
おいおい、二人してこんな山奥まで来て人生相談か?
「まあな、やっぱ温度差ってやつじゃね? お前が一生懸命になっても、優作にはそれが却って重荷になっちまったと」
元気は苦笑しつつ、そんな言葉をわざと口にした。
「ふん、何かえらく実感こもってるじゃねーか。常に天真爛漫にやってきたお前にもそんな経験があったって?」
「お前、俺を見損なってんだよ」
元気は断言した。
「そうだな……見損なってた……のかもな、あいつのこと」
お前の眼はいつも俺に向けられていたのだと勘違いしたのか、俺は。
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