「ほんとに、今夜、平気だったのか? 突然誘っちまって、俺」
元気は八時頃、今夜の晩飯に作ったんだが、とロールキャベツをタッパに持参して、ホテルの部屋にやってきた。
「ルームサービス、取ったから。一本じゃ足りないだろうと思ってワインも」
「リッチじゃん。どうしたの?」
元気は目を丸くして、優作を見た。
「こないだ、泊めてもらったし、部屋が狭いと落ち着かないだろ」
ワゴンには、もう一本ワインが氷の中に入っている。
ローストビーフやサンドイッチをテーブルに移し、グラスを用意する。
優作がワインのコルクを抜いて、グラスにルビー色の液体を注ぐ。
「キャンティ、お前好きだよな」
「うん」
元気が笑う。
不意に、優作は思い出したことがあった。
以前、ミドリが、元気が心配だ、と言っていた。
ミドリには元気の何かが見えていたのかもしれない。
現に、こうしてバンドを脱退して田舎に引きこもってしまった。
父親が亡くなったこともあったかもしれないが、それだけではない気がする。
だが、今さら優作がそれを聞いてどうなるというのだろう。
こうして、サバサバと笑う元気にしてみれば、もう思い出したくもない昔のことなのかもしれない。
でなければ、まるで天職だとしか思えなかったギターをやめて、元気がこんなところにいるはずがない。
俺が聞いたところで元気は答えをくれるとは思えないし、触れられたくないことなのかも知れない。
優作には、実際それを元気に問う勇気がなかった。
乾杯して、しばらく食べることに専念した。
それからふと間があった。
「で?」
徐に元気が口を開く。
「え?」
優作は問い返す。
「え、じゃないだろ。その見合いの相手と、お前付き合ってるわけ? 今も」
元気はいきなり核心に触れてきた。
「将清に聞いたんだ?」
へらっと笑って優作はグラスのワインを飲み干した。
「お前、あれから報告なしだし」
「…付き合ってなんかいないよ。あの後すぐ、親から電話で、彼女はどうも乗り気じゃないらしいからって…」
元気の文句に、ぼそぼそと言葉は尻すぼみになる。
「じゃ何で、将清に、付き合ってみるなんて言ったんだよ!」
いつになく語気も荒く元気が訊いた。
「ちょっとした見栄だろ? だってさ…、将清のやつ、社長の娘かなんかと付き合ってるらしくて。結婚、するらしいし」
「結婚するらしいって、将清にちゃんと確かめたのかよ?」
「いや。最近はあんまり会ってない。忙しいんじゃないの? その彼女のお相手で」
既に優作は二本目のワインのコルクを抜いている。
そんなに強くもないくせにピッチが速すぎる。
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