優花の表情は怯えたように硬直した。
「お前だって、自分の男を男に取られましたなんて醜聞、人に聞かせたくないだろ?」
「出てって!」
今度は枕が飛んでくる。
それをよけて、元気はドアに向かう。
「せいぜい、自分の男をつなぎとめる努力でもするんだな」
捨て台詞を残して、元気はドアを開ける。
と、パジャマ姿の中年の女性がそこに立っていた。
「お待たせしたみたいで、すみませんね」
にっこり笑うと、その女性はちょっと顔を赤らめて目を伏せる。
おそらく、聞いていたのだろう。入るに入れずそこに立っていたに違いない。
まあ、それもどうでもいいことだ。決心してしまえば、自然、足取りも軽くなるというもの――。
殆ど片づけを終えた部屋に、みっちゃんと一平を呼んで、元気はバンドを抜けることを告げた。
「何、バカなことを」
声を上げるみっちゃんの横で、一平は取り合わず、煙草の煙を吐き出している。
「冗談じゃない。もう契約しちまったんだぜ? 春からのスケジュールも決まっちまってるし」
そう言うみっちゃんはまだ元気の言葉を本気にしていなかった。
「悪いな、家に帰って親父の店をやることにしたんだ」
「お前がいなくて、バンドが成り立つわけないだろ?」
さすがにみっちゃんも声を硬くした。
「タダシのやつ、バンド抜けたって言ってたろ?」
「お前の代わりになるやつがいるはずがない!」
一平が地の底から呻くような声を出した。
「大丈夫だって。やば、時間だから、俺、もう行くわ」
リュックを背負い、とっとと部屋を後にする元気をみっちゃんと一平は慌てて追いかける。
「じゃあ、お世話になりました」
アパートの隣に家を構える大家が、ちょうど階段の下に来ていたので、元気は鍵を渡して頭を下げる。
「ちょ、待て……元気…!」
雨が降っていた。