煙が目にしみる63

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 東が店を出ると、帰り支度を済ませていた紀子も「克典と約束あるから、帰るね」と言った。
「あ、ああ、お疲れ様」
 元気は何となく引き留めたい気がしたものの、そういうわけにもいかなかった。
「じゃ、豪さん、またね」
 会釈だけ返す豪とカウンターの中で豪を見ようともしない元気を見て、腑に落ちないままの紀子が店を出て行くと、また店内は静寂に包まれる。
「もう閉めるぞ、お前も帰ったらどうだ?」
 元気はカウンターの火元をチェックしながら、沈黙に耐えかねて豪にようやく声をかけた。
「まだ何も話してない」
「俺には話なんかない」
 険しい表情の豪に、元気は冷ややかな言葉を投げる。
「俺にはある。作品展きてくれたのに、何で俺に何も言わないで帰るんだよ」
「そんなもん……」
 不意打ちに、元気は言葉を詰まらせた。
「受付の女の子が言ってた。あんたがきたって」
 優花と仲良さそうにしているお前を見て、どの面下げて挨拶かなんかするんだよ。
「ついでに寄っただけ? 一平に会いに行ったんだ? 元気、やつとはずっと続いてたんだ? 一平がわざわざ教えてくれたぜ? やっぱりあいつのところに戻るのか? 新曲のことだって……」
「……だったらどうした?」
 一平が? 何でこいつによけいなこと。
「お前は、この期に及んで俺に何を期待してんだ?」
 元気は豪を睨みつけた。
「俺も生身の男だからな。やりたいときはやるし、お前に操立てる筋合いなんかねーんだよ」
 店の戸締りを確認していた元気にいきなりガッと、豪はその胸倉に掴みかかった。
その力に押されて、元気はカウンターにドンと押しつけられる。
「俺はあんたしか、いらない。あんたと別れてから、誰とも寝たこともない!」
 我慢の限界を超えたという態で、豪は憤りをぶつけてくる。
 豪の言葉に元気は動揺した。
 どうして今更そんなこと!
 あんな酷い言葉で、お前を切り捨てた俺のことなんか。
 いっそ憎んでくれればいいとさえ、願ったのに。


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