「どうしたんだ、いったい?」
意外な出現に驚いて、元気も男を見つめた。
「みっちゃんがいい店だって言ってた。ライブもやってるんだって?」
男は馴れ馴れしく元気に答える。
「年一回だけの、ど素人バンドだ」
「年一回とは、出し惜しみしたもんだな」
「楽しんでやってるからいいんだ」
「俺たちのバンドは楽しくなかったか?」
「んなわけないだろ」
「じゃあ、とっとと戻って来い。お前が落ち着くまでと思って、今まで待ってやった。もういいだろう?」
どこかで聞いたような台詞がリフレインした。
「俺は戻るつもりはないよ、一平」
紀子はそこでようやく、その男が誰かを確信する。
「やっぱ、一平だよ、『GENKI』の」
「へ? うそ」
紀子に耳打ちされて、東は男の横顔に目をやった。
こくのある香ばしい香りの液体をカップに注ぐと、元気はソーサーに載せて一平の前に置いた。
「優花のことなら、あいつにはきちんと落とし前をつけておいた。だからお前が気にすることはもう何もない」
「落とし前って……どういうことだ?」
一平の気になる言葉に、元気は訝しげに聞き返す。
「二年前、あの女がお前に何を言ったか涼子から聞いたのは、お前がこないだ東京に来たあとだ。俺たちのことを心配して戻らないってなら、そんなのは無用だ」
サングラスで表情のわからない一平は淡々と語る。
「一平……、俺はもう二年前にやめたんだ。これからもこの街でこの店をやっていく」
元気は一平を見据えて言った。
「コーヒーもうまいな、確かに」
一平は鼻で笑うと、一口すすり、やおら立ち上がる。
傍観者と化している紀子と東が状況を見守る中、一平はカウンターへ足を踏み入れた。
「俺はお前を連れ戻しにきたんだ」
元気の肩に腕を回し、頬をすりよせんばかりに一平は言った。
「バンドも何もかもお前のためにやってた。お前がいなけりゃ、何の意味もない。俺にはお前だけでいいんだ」
ギャラリーがいようといまいとおかまいなく、一平は元気にそう告げた。
「うっわー、激愛…」
紀子はボソッと口走る。
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