声の背後からざわめきが聞こえてくる。。
「おいおい、そんな死にそうな声で、これから事故るから、なんてのはごめんだからな」
『バカッ! くだらないこといわないでよ! 豪が、豪が……! どうしよう、どう……』
優花の声が涙声になる。
「なんだ、豪が、どうしたんだ?!」
尋常ではないそのようすに、元気は声を荒げる。
『…連絡取れないの……携帯も応答しないのよ!』
「どういうことだ?!」
『心配でここまできたのに……山へ、槍ヶ岳で撮影があるって。でもスタッフは下山したのに、豪だけまた山に入ったって、しかも雪崩が起きてて……どうしよう…元気…』
「泣いてちゃ、わからねーだろ! だからどこにいるって?」
『S温泉の清岳館ってとこ』
「清岳館、だな?」
数秒後、カウンターの横のハンガーに引っ掛けてあったジャケットを掴むと、元気はものも言わず、店を飛び出した。
「どこ行くの?! 元気、店、どうするのよ!」
「悪い、適当に閉めといて」
トレーを持ったまま、紀子は元気が飛び出していったドアをしばし呆然と見る。
「どうしたってのよ!」
店の中を一旦振り返ったが、まだいる客をそのままにして紀子は店を出ると、ドアにかかっているプレートをCLOSEDに返し、走りながらポケットから携帯を取り出した。
「あ、おとうさん? 克典に、元気のとこの店番、三〇分だけ頼んでほしいの。今すぐ! 大事な用ができたのよ、お願い。お客さん帰ったら店閉めちゃって」
雪のせいで足がもつれて、思うように走れない。
「あ、元気が行っちゃう!」
元気のSUVがバイパスへ向かう通りに曲がろうとしているのが見えた。
「ちょっと、大変なのよ、東センセ!」
紀子が駆け込んだのは、旧家らしく大きな構えの東の自宅だった。
「清岳館? っていやぁ、確か、S温泉だな」
東もただならぬ事態に、紀子にせかされて車を出した。
紀子がサイドシートに乗り込むと、すぐにワインレッドのステーションワゴンは発車した。
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