煙が目にしみる8

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 紀子のおねだりポーズには応えず、元気は東の前にコーヒーを置いた。
「坂之上って、菊池みゆきの写真集で今話題の? お前、あの男と知り合い?」
 アルバムジャケットを読んでいた東も顔を上げ、興味津々という顔で身を乗り出した。
「イケメンだし、最近、やたら騒いでるぜ、うちの女生徒どもも」
「そうそう、カッコいいのよー、元気の大学の後輩だって」
 紀子は夢見る乙女ポーズで断言した。
「大学の後輩ってだけだ」
 クールに答えて、元気はサイフォンにコーヒーをセットした。
「でもさ、元気こそ『GENKI』のオリジナルメンバーだったわけだし。ほ~んと、もったいないよなぁ。あ~んな超人気グループにいたのに、こんなとこで、しがない喫茶店のマスターなんかやらなくったってさ」
「しがないは余計だろ?」
 後ろの戸棚からカップとソーサーを取り出すと、元気は香りがたつ淹れたてのコーヒーを静かに注ぐ。
 『GENKI』は今や押しも押されもせぬビッグバンドとして全国に名を知られているロックグループである。
だが数年前『GENKI』がメジャーデビューするまでは、この小さな喫茶店のマスターである元気が、彼らと一緒に活動していたことを知るものは少ないだろう。
 元気の中ではとっくに昔話だ。
「でも、ボーカルの一平だけ、まだ来てないよね? 他のメンバーみんな来てくれたのに。ま、あんな超人気者じゃ、仕方ないか。カッコいいもんねぇ、一平って」
「カッコよきゃいいのか? 大事なのはハートや!」
「そうかなぁ、ちょっと絞って磨かないと、彼女なんか永遠にできないよー東センセ」
 声を上げて主張する東に、紀子は手加減なく切り込んだ。
「大きなお世話だ!」
 たあいないおしゃべりで時間が過ぎていく。
そんな時間も悪くはないが、元気にとって昔の話はそう楽しいものばかりではない。
なのに、朝、通りを歩いていた時、聞こえてきた声に思わず振り返ってしまった。


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