河崎はワイン一本半ほどを水のように飲み、今度はほろ酔い加減になった浩輔にとりかかると、そのままソファの上でなだれ込んだ。
「お前だけだぞ」
そんなことを時折口走ると、いつの間にか隙間風のように入り込んでいる不安を跳ね返すように、河崎は口づけを施しながら浩輔の服を下から剥いでいく。
いつも以上に扇情的な河崎の行為は下肢に集中して、わけもなく浩輔を追い上げる。
とっくに河崎仕様にできあがった浩輔の中にゆっくりと押し入ると、河崎は腰を揺すりあげてさらに奥へと突き入れた。
「あっあっ……ああっ」
たまらず浩輔の喘ぎがやがて悲鳴のようになり、熱い吐息を含む。
最初の波が引いていく中で、浩輔が閉じていた目を開けた。
河崎を見上げるその眼差しが放つ艶めいた色が、河崎をまた駆り立てる。
中で蠢く河崎に浩輔はもう何も考えられず、ひたすら御し難い刺激を享受するばかりだ。
「……あ……んん…!!」
喘ぐたびに上下する浩輔の胸の辺りに口づけを落としながら、河崎は尚も深く突き上げる。
甘く濡れた声が、浩輔、と呼ぶと、小さく声を上げた浩輔は意識を飛ばした。
なごり雪とでもいえばいいのだろうか。
東京では雪が三センチも降れば大雪だ。
しかも浩輔がオフィスに辿り着いた頃になってもまだ気温があがらなかった。
また風邪なんか引き込まないようにと思いながらパソコンを立ち上げていると、藤堂がやってきた。
「おはよう、わかったよ、浩輔ちゃん」
「おはようございます。何がです?」
「例の阿部くんが浩輔ちゃんにあからさまにつんけんした理由」
一体どこから仕入れてきた情報なのか、藤堂はコートも脱がずに得意げに言った。
「はあ」
別にあまり聞きたくもないがと、浩輔は少々怪訝な目を向ける。
「佐々木さん」
「佐々木さん? がどうかしたんですか?」
「浩輔ちゃん、ベリスキーの仕事佐々木さんから受け継いだって言ってただろ? 佐々木さんがやっていた頃、彼氏、当時の担当者のアシスタントについてて、目一杯佐々木さんフリークだったみたいだぜ?」
確かに佐々木さんのことだから、ちょっと立ち寄ったカフェのスタッフから瞬時に熱いまなざしを向けられることなんて日常茶飯事だ。
スタッフが男か女かにかかわらず。
「ジャストエージェンシー時代もほとんど浩輔ちゃんばっかだっただろ? 佐々木さんに会えなくなったのを浩輔ちゃんのせいにしてたみたいだ」
何だそりゃ、な理由だった。
「はあ………」
溜息とともに、浩輔はがっくりと肩を落とした。
じゃあ、デザインを何度もやり直したあの苦労って……と思いかけて、まあそれも修行と思えば、と気を取り直した浩輔が画面に向かった頃、藤堂はオフィスから出て行っていた。
やがてまた藤堂が戻ってきてから一時間ほどして、三浦と河崎が帰ってきた。
「一体全体、何だ、あれは!」
河崎の第一声に、浩輔も顔を上げた。
明らかに、ひょうひょうとキーボードを叩いている藤堂に、河崎は目を剥いている。
「何だって何だ?」
藤堂は画面から目を離さずに聞いた。
「外の……並べてあるあれは何だと聞いているんだ!!」
「そりゃあ、せっかく雪が降ったのは、ウサギを作った方がいいよって、天の声が」
「幼稚園児か? 貴様! 即刻片付けろ!」
ったく、いつだって、これだよ。
どおりで藤堂さん、コートも脱がずにいそいそ外へ行ったと思ったんだ。
浩輔は苦笑する。
「幼稚園児には無理だろう? あんな芸術的なウサちゃん」
「義行!」
気になって外に出てみた浩輔は、手すりに並んでいるいくつかの雪ウサギに気づいた。
「可愛い」
「だろう?」
後ろから藤堂が歩いてきた。
「この可愛さがわからないなんて、ほんと、トウヘンボク極まりないな、やつは」
「でも、太陽出てきたから溶けちゃいますね」
「そう、この刹那的な芸術がまたいいと思わないか?」
春の足音がそろそろ聞こえてきそうな、二月の終わりのことである。
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