静かな夜には1

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 我侭なタレントに振り回されるのはテレビやラジオ業界だけではない。
 情報を先取りして旬の話題を追いかける週刊誌はもとより、流行を創り出す一端を担う女性誌もその忙しさは並大抵ではない。
 我侭タレントがスケジュールを散々変更させた上、やっと撮影にこぎつけたと思ったら二時間遅刻する、とくれば、編集者の堪忍袋の一つや二つ爆発したとしても仕方あるまい。
「金輪際使ってやるもんか! あんのやろう!」
 神保町にある大手出版社集洋社五階には、ティーンをターゲットにしたファッション誌『プリティW』編集部がある。
 目まぐるしいITの進化によって、出版業界も紙版だけに頼ってはいられなくなり、『プリティW』も例にもれずデジタル版も並行して刊行せざるを得ない状況にあるため、編集者も余計にカリカリしたくなるのも無理はないかも知れない。
「今が旬、イケメン野郎ども」と題し、四月号は若手人気男性タレントで特集を組んでいる。
 編集者を怒らせているのは、そのトップを飾ることになっている、今や押しも押されもせぬ人気俳優、小笠原裕二だ。
 モデルから俳優になった売れっ子だが、男らしく精悍だがさわやかな面構えといい、長身で、高校時代水泳でならしたという体躯を持ち、脚の長さは天性のものだ。
 ここ数年とにかくドラマ、CMにと引っ張りだこで、彼が主演の映画もそこそこの業績を残している。
 その小笠原が、所属していたマネージメント会社社長にギャラなど億単位の金を使い込まれた挙句、逃げられたという話題は一時マスコミを賑わせたが、ほとんど全財産を盗まれたというその事件も、彼にとってマイナスイメージどころか、プラスにしてしまったのは、本人のポジティブな性格によるところが大きく、天性のスター性が備わっているのだろう。
 毎回蹴り飛ばされるゴミ箱はかわいそうだが、どんなに我侭勝手なタレントだろうと、多大な需要があるとなれば、編集者が折れないわけにもいかないのが悲しいところだ。
「山野くん、何、また小笠原?」
 後ろからにこやかに声をかけてきたのは、ショートヘアもきりりと清清しい、年配の婦人だ。
「あ、石川さん、もう、何とかしてくださいよぉ! 俺、やつのためにスケジュール前倒しして沖縄行って、二日徹夜して帰ってきて、夕べもたった三時間しか寝てないってのに、三時からのスタジオ、五時からにしろってんですよ~、スタッフもカンカンですよ」
「あら、確か、小笠原って青山プロダクションに移籍したんじゃなかった? まだそんな調子なの?」
 石川は編集長席である自分のデスクに座ると、受話器をとった。
「どこに行っても同じじゃないっすか? マネージャー泣かせだって話だし。それに、今のマネージャー若いヒヨッコで、いいようにあしらわれてるんですよ」
「小杉さんじゃないの? 彼はベテランのはずよ」
「それが、今、いないみたいで、代わりのやつが新人なんっすよ」
「ふーん。あ、お世話になっております、集洋社『プリティW』編集部の石川と申しますが、工藤さんはいらっしゃいます? あら、そう、じゃあ、こちらに連絡くださるように伝えていただけます?」
 小太りの体を椅子にぐったり預けて、山野は青山プロダクションに電話をする石川を見守った。

 


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