工藤からスキーはだめになったと聞いたのは水曜日の晩のことで、良太は仕事がらみじゃ仕方ないですよ、と聞き分けよく諦めたつもりだった。
ブリザードが吹き荒れたのは木曜日の朝のことである。
「あたし、もう、今からワクワクしてるの。ゴルフって初心者だから優しく教えてくださいって、工藤さんに伝えといて」
わざわざオフィスに電話を入れてきたのは黒川真帆。
その電話を取ったのは良太だ。
スポンサーは真帆がCFに出演している製薬会社だったが、真帆が一緒に行くなんてのは聞いていないぞ! と良太は心の中で喚く。
「真帆さんからゴルフ楽しみにしているって、お電話ありましたよ」
午後にオフィスに戻った工藤に、良太は冷たく告げた。
「勝手に真帆がついていくんだろう、俺の知ったことか」
「へえ、でもせっかくだから優しく教えてやるんですよねー」
良太のあてこすりに答える気にもならず、工藤は煙草をくわえて無闇に煙を吐き出した。
実際腹立たしい以外の何物でもない。
下柳が顔を出したのはちょうどそんな時だった。
成り行きで下柳に同行して俺も行く、と言い出した良太に勝手にしろ、とオフィスを出てしまってから、工藤は少し後悔していた。
今度のスキーは軽井沢を拠点に周辺のスキー場を回ろうという、大して芸はないものだが、工藤としてもせっかく例の北海道スキー旅行以来、低下気味の良太の機嫌をとるべく画策したつもりだったのだ。
二人のスケジュールを調整していざ、という時に、これである。
加えて、工藤としては珍しいことに、恋人なら必然、親兄弟でも当たり前、いや友人でもごく普通なことを、実にタイムリーに考えついたのだ。
日頃の行いのせいか、はたまた前世の報いなのかは知らないが、滅多にやらないことをやろうとしたらとんだ邪魔が入ってしまった。
「にしたってあのやろう!」
あてつけのように、下柳に同行するとか言い出しやがって!
工藤は工藤で自分の予定を狂わされて怒っていた上に、良太のそんな態度に腹が立つ。
下柳や良太らが風連湖の周りの湿地帯を巡っている頃、やりたくもないゴルフにつき合わされながらも工藤は予想外にスコアを伸ばしていた。
しかしながら、真帆がきゃあきゃあと喜ぶその声のお陰で頭痛がしてきそうだ、と工藤は一際険しい渋面を覆すことはなかった。
これからまだ一週間ほどこの地に留まり撮影を続行するという下柳と葛西の二人は、東京に帰らねばならない良太を釧路空港まで送ってくれた。
「ヤギさん、でもそろそろ髪切った方がよくないっすか?」
「おう、床屋に行ったのはいつだったか、もう忘れちまった」
仕事に入ると身の回り一切気にしなくなる下柳は、このままいったらイエスキリストだ。
「切れたのか? 腕時計」
良太の手首の使い込んだスウォッチのベルトがテープでとめてあるのを目ざとく見つけた下柳が聞いた。
「ああ、これ、一カ月ほど前からこんなんですよ。学生ン時から使ってるやつで、結構気に入ってたんですけどね…」
「わかるなー、俺も学生ン時に買ったこのジャケット、使い勝手がいいからいつでも着てるもんで、もうボロボロ」
こちらも無精ひげが濃くなり、髪まで伸びたら、ひょろりとしている葛西と、同じくらい背が高い下柳が並ぶと、どちらが下柳かわからなくなりそうだ。
「気をつけていけ。工藤のやつ、首を長くして待ってるんじゃねーか? 良太ちゃんのこと」
「俺を待っているのは仕事です!」
カラカラ笑う下柳をきっと見つめて良太は答え、東京に向かう飛行機に乗り込んだ。
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