バレンタインバトル5

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 今夜、工藤はメンズ雑誌の編集長と打ち合わせで、いつも使っている料亭で飲むと言っていたから、おそらく今日もすれ違いだ。
「ふうん。ねえ、今度はちゃんと撮影、来てって言っておいてよ!」
 来てと言われていそいそと工藤が行くとしたら、千雪のところくらいだよ、とはまた良太の心の声である。
「お伝えします」
「バレンタイン、明後日じゃない! ねえ、工藤さん、明後日の予定はどうなってるの?」
「明後日ですか? 明後日は………」
 良太は小型タブレットを取り出すと、もったいぶってスケジュール確認の振りをする。
「明日から北海道で、明後日は夕方戻って参りますが、夜は接待が入っています」
 北海道出張は本当だが、接待云々はデタラメだ。
「何でそんなに飛び回ってるのよ。北海道なんてあなたが行けばいいじゃない!」
 芽久の甲高い声を右の耳から左の耳へと聞き流し、良太はふと、これが現実だ、と自分に言い聞かせる。
 つい数日前なのに、軽井沢で楽しい仲間とスキー三昧な日々はもう既に遠いのだ。
 身も心もリフレッシュして、さあ気分も新たに仕事だ! という意気込みは、この芽久の無体な文句の羅列や、「だから、どうしてそんなところで長々とインターバルなんだ!」などという脚本家の声の前には一気に萎んでしまいそうだ。
「ここが感情移入の大事なシーンだろう、そんなこともわからないでシナリオ書いてるなんざ信じられんな!」
「あんたの思い込みでせっかくのいいシナリオが間延びして台無しになるのを黙ってられるか」
 うう、また始まった。
「相変わらずだな、あの二人」
 今日は元恋人役の芽久との絡みのシーンがあり、主演の一人である志村嘉人も朝から顔を見せていた。
「志村さん、ほんと参っちゃいますよ」
 小声でつい、良太は本音をこぼしてしまった。
「なかなか大変だな、良太ちゃんも」
 小杉も志村の横で苦笑いする。
 良太は一呼吸置いてから監督と脚本家を振り返った。
 年代もキャリアも似通っているこの二人は、まさしくああいえばこういうで、原作の解釈の違いとかの段階などではなく、ただ互いを貶しあっているだけなのだ。
 一応双方の言い分を聞き、二人を宥めすかして数カットを撮り、もうここで出なければ打ち合わせに間に合わないというところで、あとはサブディレクターによろしくと挨拶して良太は現場を離れた。
 テレビ局にようやく辿り着き、ギリギリ打ち合わせに間に合ったと思ったのもつかの間、案の定シナリオライターの大山の嫌味に出迎えられた。
 
 
 
 
 朝から何度目かの宅配便に、鈴木さんが印鑑を持って立ち上がった。
 ほとんどがバレンタインギフト便である。
「そうか、明日のバレンタインデーは土曜日ですもんね」
 良太も鈴木さんからチョコレートをもらっている。
 母親と妹からのプレゼントも早速届いていた。
 手を休めてプレゼントを開いてみると、亜弓からはチョコレートと財布、そして母からは手編みのセーターと甘い匂いのする包みが二つ。
 一緒に入っていた手紙には、ブランデー入りチョコレートケーキを焼いたので、一本は皆様で、一本は社長様に差し上げてと書いてある。
「鈴木さん、母がチョコケーキ焼いたって、おやつに食べましょうよ」
「あら、お母様の手作りなの?」
 鈴木さんは、まあ、美味しそうと、良太が包みを開いたチョコレートケーキを見て喜んだ。
「うちの母、料理とかは結構得意なんで、昔はよく作ってくれたんですよ」
 あのアパートに移ってからは、レンジはあったけどオーブンなんかなかったから、ずっとご無沙汰だったけど、じゃあ、オーブン買ったんだ。
 だったらもっと早く俺、オーブンくらい買ってやればよかったな………。
 上の階にある社員寮という名目上の良太の部屋には、立派なオーブンレンジが備え付けられているのに、たまに平造が来た時に使うくらいで、宝の持ち腐れというやつだ。


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