「謝らんでもええが、まあ、ここならゆっくり原稿も書けるじゃろ。この辺りは文豪の出入りが多かったみたいじゃから」
「あ、いや、そんな大それたものやのうて、推理小説の端くれ、ってとこやし」
千雪はハハハと思い切り苦笑いする。
「社長の後輩、というと、法学部ですかい?」
「あ、そう、同じ宮島教授のゼミで、今は先生の研究室に」
「ほう、そうですか……」
平造は頷くとしばしぼんやりとまだ蕾も固い桜の木を眺めている。
一昨日もそんな風に、社長は最近桜を愛でることもしないというようなことを言っていたが、この桜の木に対して老人には感慨深いものがあるのだろう。
「何やら雲行きが怪しいな」
さっきまではいい天気だったのだが、いつの間にか太陽は雲に隠れてしまったようだ。
天気予報を見ようと平造はキッチンのテレビをつけた。
『………園山敬三(五十二歳)を殺人容疑で逮捕……』
ちょうど耳に飛び込んできたニュースに、千雪がテレビを振り返ると、画面は切り替わり、記者会見で警察署員数人が頭を下げている場面になった。
『世田谷西署今野博之巡査部長を殺人容疑で……』
どうやら二つの事件ともに容疑者が逮捕されたようだ。
にしたって、一人は五十二歳のおっちゃんやんか、いくらカツラと眼鏡とジャージが同じやって、何で同一犯て決めつけてるんや? 警察もほんま、アホやわ。
千雪は心の中で憤慨する。
てことは、俺も見ようによっては中年のオヤジに思われとるいうことか? ちょっとそれはないで。
既にテレビは天気予報に切り替わっていたが、腕組みをしたままテレビを睨みつけながらちょっとばかり考え込んでしまう千雪だった。
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