千雪は立ち上がった。
「厄介かけるな」
またしてもらしくもない京助の台詞をあとに廊下に出ると、もう明け方のようだ。
雨の音がまだ聞こえている。
父親の部屋の箪笥から、もう一枚の浴衣とタオルを二枚取り出し、洗面所に行ってタオルを湯で絞る。
そういえば、つい読書に夢中になったり、原稿を一気に仕上げたりで、知らないうちに風邪を引き、熱を出して千雪が寝込んでいると、大抵いつの間にか京助がやってきて、粥を作ってくれたり、ポカリを飲ませてくれたり、熱が引いて動けるようになるまでかいがいしく世話を焼いてくれた。
思い起こせばこの何年か、食事から何から、なんだかだと千雪は京助にやってもらってばかりで、京助のために何かしてやったというのは数えるほどしかないのだ。
そう考えると、何故京助が自分と一緒にいるのかわからなくなる。
「俺なんて、ほんま、何も取り得ないやん」
京助にとって、何のメリットもないのに、何で俺なん?
千雪はフウとひとつ息をして、和室の襖を開けた。
「おう、悪いな」
着ていた浴衣を脱いで、京助が言った。
「背中、拭いたろか?」
一瞬、間があった。
「それはまた珍しいことを。どういう風の吹き回しだ? 千雪ちゃん」
「ふざけるなら自分で拭け!」
千雪はタオルを放り投げる。
「今の撤回! お願い、拭いて! 千雪ちゃん」
熱が下がったと同時に、すっかりいつもの京助が戻ってきたようだ。
ムスッとした顔のまま、千雪は京助の背中をタオルで拭く。
「なーんか、いいな、このシチュエーション。千雪ちゃん、ついでに前も拭いてよ。下の方とか」
もう一枚のタオルで首やら胸の辺りを拭いていた京助が調子に乗って言う。
「……ざけんな! 後は自分でやれ!」
タオルを京助に投げつけて、立ち去ろうとした千雪だが、その足を京助の手ががしっと掴む。