ACT 1
「あ、先輩ぃ、メシ、行かはるやろ? 俺、先行って席取っときますわ!」
研究室のドアを開けた小林千雪を廊下の向こうから大きな声で呼んだのは、法学部三年の佐久間徹という。
推理小説研究会、宮島ゼミときて、さらに修士課程にも進むつもりらしい佐久間は、千雪を追いかけるように進路を決めている後輩である。
宮島研究室には院生より長く入り浸っているのではないかという噂さえあるかなりな強心臓の持ち主だ。
しかも関西人特有の愛嬌のよさであまり敵を作らない、お得な性格である。
「人の返事を聞け、アホ…」
声だけかけて走っていってしまった佐久間に対してボソリ、と千雪は口にする。
千雪の小説のファンになり、千雪が所属していた推理小説研究会に入ってきたという輩、いや、女子学生などもわずかながらいることはいるのだが、佐久間ほど屈託なく、かつ無遠慮に近づいてはこない。
大阪出身ということで同じ関西人同士だから話しやすいし、などと勝手に決め込んで勝手に付きまとうこの佐久間は、千雪にしてみればウザいことこの上ないのだ。
「せんぱーい、こっちこっち!」
学食で窓際の席を陣取った佐久間が大きな声で、山菜うどんをトレーに載せた千雪を見つけて手を振る。
途端、周囲からクスクス笑いが広がった。
「あんのアホが…!」
男にしては稀有なまでの美貌ゆえに街を歩けば大概好奇の視線を浴びせられた高校までの頃とはまた別の意味で、最近では悪目立ちしている。
主に綾小路京助とこの佐久間のお陰で。
東京にきてから、いや黒ブチ眼鏡とダサダサなコスプレが功を奏してか、動物園のパンダたちに同病相哀れむの感を持って送っていた地元での日々とはきれいさっぱりおさらばできて、してやったりな千雪なのだが、逆にネクラだ、変人だ、クサそうだ、などなど言われ放題、いろんな噂が耐えず、あまり人が近づこうとしなくなった。
それを逆に面白がって、これを着ていったらどんな反応が見られるかとか、千雪は最近ダサさにもいろいろバリエーションを考えて悦にいっている。
だが進学したての頃は、まさか自分の小説がミステリーの賞を取ってベストセラーになったり、あまつさえそのダサダサの風貌が勝手に性格づけされて一人歩きし、一気にマスコミによって全国的に知られるようになるとは夢にも思わなかった。
幸か不幸か上も下も数年以内に母校からのT大生が現れなかったので、京都にいる同級生の江美子や菊子に聞いた話によると、卒業して以来顔を合わせていないクラスメイトの間では、千雪は急激に変貌したという噂になっているらしい。
巷で話題のコスプレした千雪の風貌を信じ込み、その風貌ごと気に入っているという佐久間は、口を開かなければなかなかイケメンの部類なのだろうが、同時にまた十二分に変人の部類に違いない。
「でかい声出すなや」
千雪は思い切り睨みつけながら仕方なく佐久間の向かいに腰をおろした。
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