ACT 2
佐久間に心配された千雪のイブもクリスマスも、長編とは別口で頼まれていた雑誌の短編の締め切りに追われていつの間にか過ぎていた二十六日の朝。
二十五日の締め切りに数時間遅れて書き上げたばかりの原稿をメールで送り、ボロボロの状態でベッドで丸くなっていた千雪を叩き起こしたのが佐久間からのコールだ。
電源を切っておかなかったのを後悔しながら、ジャカジャカ鳴り出した携帯にぼんやりな頭で千雪が出ると、テンションの高い佐久間の声が響く。
「あ、先輩、今度、彼女とその友達とスキー行くんですけど、よかったら先輩も………」
佐久間は例の合コンで彼女をゲットし、楽しいクリスマスイブを過ごしたことなどを早口に捲し立てた。
相手は年上の美人OLだという。
「……………ほか、あたれや……」
あからさまに不機嫌な声を絞り出して今度こそ電源を切る。
もともと携帯は千雪が望んで持っているわけではない。
京助が強制的に押しつけたものだ。
常に追われているような気がして携帯など千雪は持ちたくなかったのだが、くれたものならとちゃっかり都合に合わせて使っている。
従妹の小夜子に番号を教えたくらいで、佐久間は目ざとく千雪の携帯を見つけて勝手に登録してしまっただけだ。
もちろん編集担当には教えていない。
小説の担当者はほとんど家電かメールのやり取りくらいで、携帯は持っていないという千雪のウソを信じている上、今や変人で臭いオヤジ小林千雪という定着したイメージを信じ込んでいるせいか、あまり会いたくないらしいのは千雪にとって好都合だった。
ただし雑誌社に原稿を送ったあと、電話をくれた女性編集担当者に、正月には久しぶりに実家に帰ることを告げると、それはきっと今の作品もいいものになりますね、としっかり釘を刺された。
そこいらへんはまあ甘くないというところか。
イブといえば京助もお誘いはわんさかあったらしいが、どうやら実習でつぶれたようだった。
「おい、メシだぞ」
揺り動かされて千雪が再び目を開けた時は、既に外は暗くなりかけていた。
覚めやらぬ頭で何とか身体を起こすと、京助がキッチンで鍋の蓋を取るのが見える。
「何で、携帯切ってるんだ」
サンドイッチが盛りつけられた皿や湯気をたてているスープをテーブルに並べながら、京助が文句を言った。
勝手知ったるもいいところであるが、大柄な京助がいるだけで、狭い部屋がまた狭く感じる。
「……佐久間が朝早うに電話してきよって」
「佐久間だぁ? 何でやつに番号なんか教えるんだ!」
「知らん。勝手に登録しよったんや……」
ベッドから這い出してきた千雪はスウェットの上下のままテーブルに着いた。
どうにかテーブルと椅子が置けるだけのキッチンに京助が一つ椅子を追加したものだから、さらに狭くなった。
ただでさえバストイレは狭いユニットだし、六畳間はベッドと机、本棚でいっぱいだ。
押入れの片側は本棚に入りきれない本で溢れ、もう一方は上段に衣類をかけるパイプが通してあり、下段には小さなタンスを置いて使っている。
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