メリーゴーランド169

back  next  top  Novels


「ちょっと、小林千雪! まだ話は済んでないわよ」
 立ちどまった千雪はアスカを振り返り、「やからフルネーム連呼せんといて」と訴える。
「じゃあ何て呼べばいいのよ!」
「フルネームやなければ」
「じゃあ、ユキ」
「そうですね、工藤さんのおっしゃるように小林先生の存在が社外秘でしたら、そうとわからないニックネームで呼ばせていただく方がよろしいかと思います」
 いきなり丁寧極まりない口調で通る声がリビングに聞こえた。
「秋山さん!」
 京助と一緒に入ってきたのは落ち着いた青年で、整った顔立ちにいかにも切れ者という表情が見て取れる。
 千雪は秋山という名前に、あっと思い当たった。
 確か工藤が、珍しく社員が入ったと言っていたその名前が秋山だった。
「アスカさんが羽目を外さないようについていろと、工藤のお達しで参りました」
「今、オフでしょ? プライベートなのにどうして秋山さんに見張られてなければならないのよ!」
 アスカが声を上げて抗議した。
「そりゃ、今回のように、お前が何をするかわからねえから、工藤も頭を抱えてるんだろ? 曲がりなりにも移籍を認めたんだから、ほっとくわけにもいかないしな」
 秋山の代わりに京助が答えた。
「秋山さん、部屋を用意しますよ?」
「いや、さすがにそれは図々しいかと。工藤の別荘の方に滞在しておりますので」
 京助の申し出を秋山は丁寧に遠慮した。
「見たか、お前ら。これが普通の人間の人に対する作法だ。勝手に図々しく人んちに上がり込むなんざ、人以下だ、人以下!」
 京助が声高に周りに文句を言った。
 それに対して、図々しい人間たちは口ぐちにボソボソ京助に文句を言っていたが、京助は意に介さない。
「食事はどうせ人数分用意しますから、ご一緒にどうぞ。見張ってないとアスカが何するわかりませんからね」
「ありがとうございます」
「何よ、その言い草! えっらそうに!」
 ムスッとした顔で腕組みをしたアスカが京助に食って掛かる。 
「ちょっとアスカ、こっちいらっしゃいよ」
 理香が呼んだ。
「何よ」
 風呂に入って着替え、リビングにやって来た、理香、速水、それに日向野がのんびりワインを飲んでいるところへ歩み寄って、アスカは腕組みをしたまま見下ろした。
「一体全体、どういうこと? 千雪ちゃんとどうなってるわけ?」
 理香が唇を尖らせたままのアスカに聞いた。

 


back  next  top  Novels