俺が小説書きになったんは、きっかけは京助やったんやな。
京助もそんなこと忘れとるやろけど。
テーブルに置いた本を手に取りながら、千雪はぼんやりとそんなことを考えていた。
「千雪、メシやぞ」
キッチンのカウンターには、既に二人分のビーフシチューが湯気を立てていた。
「ご飯かパンか、どっちがええ?」
研二が聞いた。
「うーん、ご飯の気分」
「わかった」
「えろ、早いな、作るの」
「冷凍しとったんあっためただけや」
「そっか、でも美味そうや」
温サラダとご飯を盛りつけた皿をシチューの横に置くと、研二も千雪の隣に座る。
熱いシチューを冷まし冷まし口に運びながら、千雪はふと京助の作るシチューも美味かったことを思い出していた。
シチューやカレーの類は前に研二が言ったように、タッパかフリーザーパックに入れてアパートの冷凍庫に置いてあった。
研二は和菓子職人であり料理人で、それを生業としているわけで、栄養バランスだけでなく、器や盛り付けのことも考えている。
京助の方は味と量がメインで、いかにも体育会系の部活メシみたいなところがあった。
とにかく朝昼晩きっちり食べろというのが京助の信条だ。
何か俺って、メシにつられてるだけみたいなヤツやん。
「牛乳切らしとった」
千雪にコーヒーを出してから、研二が冷蔵庫を見ながらそう言った。
「必要なもん、メモってくれたら、明日俺、買うてくるで?」
「うん。牛乳だけちょっと買うてくるわ」
研二はダウンジャケットを羽織ると、部屋を出て行った。
窓の外は雨が叩き付けるように降っている。
絶対濡れるで、研二のやつ。
帰ったらすぐ入れるように、風呂に湯を張っておこうと千雪はバスルームのドアを開けた。
この部屋は何もかもが真新しい。
マンション自体が昨年完成したもので、この部屋は芝の所有で、全く使っていなかったらしい。
一人なら余裕だが、子供がいる家族なら四人くらいは十分住めそうな間取りだ。
本当は、芝は研二に妻子がいることを知って、この部屋を用意したのではないかと千雪は思う。
そんな部屋に、俺なんかが転がり込むやなんてな。
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