メリーゴーランド374

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 クリスマスイブの夕方のことだ。
 彼女との約束までまだ時間があるな、と一張羅のジャケットを羽織り、ウキウキ帰り支度をしていた佐久間は、「あかん、これ、先輩に頼まれとったんや、忘れとった、どないしょ」と、デスクの上の封筒に気づいた。
「木村さん、もう休みやよな」
 慌てて携帯にかけると、うまい具合に図書館にいるという。
「え、小林先生が?」
 佐久間が千雪に預かった封筒を差し出すと、木村が黒縁メガネの奥で目を丸くした。
 木村は中を確認して、はあ、とため息をつく。
「やっぱ、さすが、名探偵! わかっちゃったか」
「え、何、何かあったん?」
「いいんです! よしっ! またがんばろっと!」
 木村は両手でガッツポーズをとると、「メリークリスマス!」と言い残し、首を傾げる佐久間を残して図書館を出て行った。

  

 深くて心地よく、もう二度と目を覚ましたくないような微睡に身を委ね、永遠に奏でられるドビュッシーの音の優しさに浸っていたかった。
 浸っていたかったのに、何かが身体を揺さぶっている。
 ああ、もう、煩い、かまうなや………!
「………って、ちょっと、起きてくださいってば! 俺出かけるんですから、千雪さん!」
 どこかで聞いた声だと思いながら、千雪はうっすらと目を開けた。
 ぼんやり見つめていたのは目の前にあったテーブルと、向かいのソファ。
 え………、心地よい、永遠のドビュッシーは………?
 頭の中に充満していたドビュッシーは、身体を起こした途端、消え去った。
「ほんと、ガチ寝しないでくださいよ、千雪さん」
「え、良太?」
 ああ、せや、青山プロダクションのオフィスや、ここ。
 何や、夢か。
 えろ、長い昔の夢をみよったな。
 いつの間にか毛布が掛けられていた。
「鈴木さん、もう帰りましたし」
「え、もう、夕方? ドビュッシーは?」
「ドビュッシー? って、あれ? ひょっとしてさっきやってたピアノのコンサートのCMですか?」
 何もかんも夢か。
「コーヒー飲みますか?」
「……ん……」
 良太が入れてくれたコーヒーを飲むうち、千雪はようやく現実に戻ってきたようだ。
「何や、腹減った」
 千雪の呟きに、良太は一つ溜息をつく。
「じゃ、どこかで食事しますか? 俺も食ってから出ようと思ってたし」
「ほな、奢ったるわ」
「やた!」
 二人はコートを羽織り、良太は灯りを消すと、オフィスを出た。
「ひえ、寒!」
 マフラーをぐるぐる巻きにした良太が首を縮こませながら施錠する。
「それで、キャストどうするんです?」
 階段を降りながら良太が聞いた。
「やから、良太にお任せ!」
「も、しょうがないなあ」
「竹野って子にする、言うてたやろ」
「はあ、竹野さんは一応候補ですけど人気女優だし、事務所に打診してみないと」
「めんどいなあ」
 ほんまに自分が笑うとるのんが不思議になることがあるけど。
 もうこない時間が経ってもうたんやなあ。
「うわ、雪やで」
「ほんとだ!」
 空を仰ぎながら、二人して子供のように燥ぐ。
「千雪さん、携帯、ポケットで鳴ってますよ」
「うん。京助やろ」
「出ないんですか?」
「店入ってからな、寒いし」
「じゃ、あそこ、入りましょう」
 手っ取り早く目についたカフェレストラン。
 粉雪が舞う夕闇に、灯りが一つ二つと増えていく。
 店の中はきっと温かい。
 あったまったら、あのうっとおしい声も聞いたらなな。
 千雪と良太は足早にレストランの中へと入って行った。

  ― おわり - 
 

 
 
 
 
 
 


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