「工藤だ。顔は合わせてるが」
「はい、存じ上げております。黒岩です」
研二は静かな低い声で言った。
「菓子職人というより武道家の風情だが」
大柄で存在感のある、どちらかというと強面な研二を工藤は見定めるように言った。
「ずっと柔道やってましたよって」
「なるほど」
「あ、小野です。はじめまして」
万里子は研二ににっこりと笑いかけた。
「カッコいい方ね。千雪さんの同級生? 三田村くんとかと一緒?」
「はい。千雪の映画に出てはった方ですか?」
研二はそれでもまだ研二にしては柔らかい表情をしている。
「あ、そうです。わあ、まともに言われると何か恥ずかしい」
万里子はちょっと頬を赤らめる。
「研二、車で来たんやろ?」
千雪は檜山越しに聞いた。
「ああ」
「車は駐車場に置いとけ。タクシーで帰ればいい。飲めるんだろ?」
工藤は今度は研二に興味を持ったらしいと千雪は察した。
「パワハラですやろ。押し付けは」
千雪はちょっと工藤を睨む。
「強要はしてないだろうが」
フンと工藤は千雪を見た。
「どうせ工藤さん持ちやしな。俺、さっきのもう一杯もらお」
千雪はそう言うとトイレに行こうと立ち上がった。
隣の檜山と研二の前を通ってソファセットを出る時、ちょっとバランスを崩してふらついたところを、研二がサッと千雪の腕を掴んだ。
「大丈夫か?」
「ちょっとけっつまづいただけや」
レストルームとアルファベットで書かれた方へ歩きながら、千雪はふう、と息を吐く。
洗面台の前で千雪は無意識にさっき研二が掴んだ腕に指を触れた。
鏡を覗き込むと自分の顔が映り、何やら不安げな色の目がこちらを見ている。
ほんまにしょうもないやっちゃ、俺は!
檜山の研二に対する思いに、ただの友人以上の何かを感じていた。
例え友人であっても、モヤモヤしたものが消えてくれない。
独占欲でしかないとはわかっていても、胸の奥底で余焔のような感情が消えてくれない。
研二の優しさは今も昔も変わらない。
だから余計にモヤモヤしてしまう。
「おい、京助が迎えにくるっていってたぞ」
千雪が戻ると、工藤が言った。
「はあ? 何で工藤さんに」
思わず工藤を睨んでしまった。
携帯をジャケットのポケットに入れているので、そっちにも連絡が入ったのだろう。
「あいつ、モルグでご遺体と格闘しとんやないのんか」
撮影があるとは一応京助にも言っておいた。
東京に戻ってからも千雪の予定を逐一聞いて来るので、聞かれる前に話したのだ。
アパートが空き巣にやられたのを知ってから、また京助の千雪に対する行動がストーカー染みてきた。
どのみち、携帯のGPSでここの位置も把握しているんだろう。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
