「十一時か。まあ……、逃げるも残るもあいつ次第だ」
工藤は呟くと席を立ってレストルーム近くに行くと電話をかけた。
「ああ、タクシーで帰るから迎えはいい」
たった今話題に上がっていた新入社員は、お疲れ様です、と言って電話を切った。
「せえけど、面接で工藤さんの脅しに屈せず居残ったて、いったいどんな猛者なんです? 新入社員くんて」
戻ってきた工藤に、千雪はさらに質問した。
「猛者?」
工藤は笑う。
つい煙草に手を伸ばしかけたが、この店もいつの間にか禁煙になっていることを思い出して、グラスを掴む。
「そうよねえ。泣く子も黙る、スタッフをビビらせることにかけては右にでるものがない鬼の工藤って業界でのもっぱらの評判だもんね」
万里子が得意げに頷いた。
「それ、パワハラの権化みたいなもんやんか」
千雪は遠慮なく言葉に毒を交える。
「うん、せえけど、ちょっと大声出してもパワハラやなんて言われよったら、世の中の上司は萎縮してしもて、部下を育てられへん違います? 理不尽に怒鳴り散らすんは問題外やろうけど、人間やし、声高にならざるを得ないこともある思いますけど」
黙って聞いていた研二が静かに言った。
「見ろ、研二はよくわかってるぞ」
したり顔で工藤は千雪や万里子を見てから、グラスを空にすると、スタッフを呼んでお代わりを頼んだ。
「工藤さんなんか、こないだも電話口でずっと怒鳴り散らしてたやないですか」
「フン、できませんでしたとか、簡単に言ってくる何も考えてないやつに、脳みそを総動員して考えてやれってはっぱかけただけだろうが」
言い返した千雪に工藤は応戦する。
「それって理不尽スレスレや思うけど」
「スレスレと理不尽では天と地くらいの差があるだろうが」
工藤は鼻で笑う。
「ある意味、工藤さんの言い分は正しいと俺は思う」
そこへ檜山が口を挟む。
「昔、兄と稽古していた時、俺がうまくできたところを兄はできなくて、父に叱られて、後になって、俺は匠みたいな才能がないって言うんです」
檜山は当時を思い出すように語った。
「でもそれは違うって思ったのは、兄は才能がないと言う言葉に胡坐をかいて、ちゃんと見てないだけなんです。手本とする父の所作を」
「すごい実感こもった話やな」
千雪は檜山を見て頷いた。
「その通りだ。ちょっとここを使って考えれば何かしらできるってもんだ」
工藤の言葉に、「そうかもやけど、言い方に問題があるン違います? 工藤さんの場合は」と千雪はあくまでも突っ込みを入れる。
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