「俺はあくまでもせっかく入ってくれた新入社員を逃がさんようにて言うてるだけやから」
千雪はさらに言い募る。
「フン、俺は俺のやり方でやる。ついてこられなければそれだけのことだ」
「今時の子が、昭和のオヤジのパワハラについて行けるかいうとこが別れめやな」
千雪の毒を含んだ言葉には、その新入社員もそうだが、工藤自身に対してもせっかくのチャンスをダメにしてもらいたくないという思いもあった。
それこそ工藤が面接で、伯父は中山会の極道だと口にするのは、工藤のヤケクソな開き直りだと思うからだ。
逃げるも残るもあいつ次第というような言い方にも、どこか工藤の、人との関係性を持ちたくないような生き方に繋がる気がする。
「さて、そろそろ帰るぞ、千雪。こっちは明日も早いんだ」
京助の一声で座はお開きとなり、千雪は京助にせかされて店を出た。
車をパーキングに置いたまま、工藤は檜山と研二、万里子をタクシーに乗せた。
「ほならな」と別れ際に研二は千雪に笑った。
そんな優しい眼差しに、千雪の心はまた揺れる。
研二はとっくに研二の新しい明日へと足を踏み出したのだ。
それなのに、まだぐずぐずと引きずっている自分が情けないと千雪は思う。
こうして忙しい中を迎えにきてくれた京助に対しても、口では天邪鬼な言い方をしても、なんとなく気がひけるのも事実だ。
京助は車を拾うと、千雪を押し込むようにして、運転手に麻布を告げた。
俺ってほんま、欲張りなやっちゃ…
京助には千雪の心は手にとるようにわかっていた。
俺だけを見ろ! 研二なんか忘れろ!
そう言って千雪を追い詰めれば、千雪を苦しませて逃げるだけだとわかっていた。
それに、あいつ、研二を俺は憎むことができない。
いっそ憎んでしまえれば楽かもしれなかった。
相手が工藤なら、とっくに殴り倒している。
だが、あんなにも潔い男を、俺にはどうすることもできない。
隣で窓の外に目を向けている千雪を見やり、京助は何度目かのため息をついた。
back next top Novels
