かぜをいたみ36

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「先生のお母さんって確かお亡くなりになってますよね? 三年くらい前に原夏緒の回顧展開催されて、私も拝見させていただきました」
 千雪をまっすぐ見て木村は言った。
「え、そっちかいな?」
「だからお弁当作ってくれたのはお母さんじゃないですよね」
 千雪はくすっと笑う。
「速水さんの言うことなんかまともに聞いとったらあかんで」
「私、昔から、明確にこうだって立証できないもの以外信用しない人なんです」
 なるほど、文章にもそういうところは表現されていたと、千雪は木村が何回か送ってきた小説の原稿の内容を思い出した。
「それで俺のことストーカーして何か立証できたん?」
「私、高校の時、変な男につけられて痴漢にあったんです」
 いくつ目かの千雪の質問にも、木村の答えは妙な方向へ飛んだかに見えた。
「そら、怖い目遭うたな」
「そいつの股間蹴り上げて、警察に突き出しましたけど」
「ひえ、こわ………」
 相手が強姦魔とはいえ、痛そうだと千雪はついつい思ってしまう。
「でも、もう、トラウマで、いきなり髪を切って黒縁のメガネかけ始めたら、涼香ちゃん悲鳴上げちゃって」
 話が飛びまくるが、千雪は何となくわかった。
「涼香ちゃんて、伊藤さんです。さっき佐久間さんが言ってた、もとミスT大の。ずっと中学から一緒で家も近所で仲よかったから、私のトラウマ、わかってくれて」
 そやったんか。
 てっきり、伊藤さん、自分をよく見せるために木村さんと一緒におったんや思うとったけど。
「大学進学した時も、涼香ちゃん、お陰で私の方が映えちゃうじゃないとか言いながら、ずっと私の傍にいてくれたんです。空手部のマネージャーになったのは、男の人が怖くなってた私には逆療法みたいな感じで」
 これは俺の想像の斜め上をいっとるわ。
 千雪はコーヒーを飲みながら、黙って木村の話を聞いていた。
「先生の小説のファンなのは事実です。あの黒縁メガネ、先生の著者近影見て、これにしよって思ったので」
「え、そうなん?」
「はい。でも私が入学した時、もう推理小説研究会はなくて」
「ああ、あまりにオタクでマイペース過ぎて、自然消滅してもうた」
「私、ジャンルは違いますけど小説は書いていたんです。それで先生に少しでも近づければと思って、推理小説っぽいやつ書いて読んでいただこうと」
「ああ、せやった、あれからどないした? どっか編集部投稿したん?」
 二年前ちょうど留学する直前に原稿を読んで木村に返した時、千雪は文章が書けなくなっていたため、原稿を書いていた編集部からも打ち切りを言い渡されていた。
 だから木村のことを頼めるような編集者の知り合いもおらず、申し訳ないと思っていたのだ。

 


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