かぜをいたみ37

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「いいえ、先生の小説は好きだし、推理小説も好きだけど、すごいトリックとか考えつかないし、私が書きたいものとは違うって感じがしてたし」
「そうなん? けど、俺の話かて、巧妙なトリックやなんかあるわけやないし、推理小説いうより、探偵小説やで?」
「それは速水さんが嫌味で言ってたんじゃないんですか?」
 おや、そんなこともわかっていたのかと、木村本人はそれこそ速水なんかより鋭いのではないかと千雪は思う。
「私、先生の真似してあの黒縁メガネかけた時に思ったんです。いくら何でもこんなんじゃなくてもいいよねって。それで先生もひょっとしてわざとあんな眼鏡かけてるんじゃないかって思って」
「ほんで、ストーカーになったわけやね」
 木村はちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて肩を竦めた。
「はじめは先生がアパートに入って行ったのを見たのに、別人が出てくるし、ちょくちょく京助さんが出入りしてたし、あの部屋に何人住んでるのかなって」
 たまにアパートを見張っていたのだと木村は言った。
「かつらとお洋服でよくおばあさんになってたわ」
「全然気づかんかった。君の方が上手やね」
「そしたら、今度は別人さんが帰って来たと思ったら先生が出てくるから、どうなってるんだろうって」
 木村はそこで言葉を切ってコーヒーを飲んだ。
「すぐに謎は解けたわ。だって……、ある時別人さんが出てきてすぐ、京助さんが出てきて、千雪、って呼んだから」
 千雪は、ふっと笑う。
 と、その時、千雪のバッグの中で携帯が鳴った。
 千雪は携帯を取り出して画面に出ている京助の表示を見て、何やね、と思いつつ席を立って隅の方へ移動した。
「は? 食事会? 俺はパス。え? マギーが?」
 京助が告げたのは、綾小路での食事会に出席しろという内容で、千雪にとっては避けたい話だったが、留学中世話になった京助の母の妹マギーが学会で日本に来るというのだ。
 マギーやその一家にはよくしてもらったし、むしろありがた迷惑なくらい京助のパートナーとして千雪を大切にしてくれた。
 だからもちろんマギーには会いたいとは思うのだが、留学前、京助が千雪とのことをぶちまけたこともあって、京助の両親と会うのは千雪は極力避けたかった。
「俺もパスって言ったんだが、小夜子のことがあるから来いって、兄貴が」
「え、小夜ねえのことって何や?」
 それこそ留学前にはいろいろあったので、何かトラブルでもあったんだろうかと千雪は不安になる。
「聞いてないのか? 小夜子、子どもできたってよ」
「え、ほんまに? 俺、この後小夜ねえと会うことになってるんやけど、それやったんか」
 ほっとした千雪だが、同時に江美子のことが頭をもたげてくる。
 子どもの誕生を今か今かと待っていた幸せが、子どもは産まれたもののいきなり江美子の死という思いもよらぬ結果となって皆は悲しみのどん底に落とされた。

 


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