「おおきに。ほな、俺、留守番してますわ、お二人ともいかはるんなら」
すると、「あら、そんな、よろしいんですの?」と鈴木さんはできれば有難いといったニュアンスで聞き返した。
「ただ画面見とるだけやし、電話があったら、出かけてはるて言うときますわ」
千雪はにっこり笑った。
滅多に見せない千雪のにっこりが、大抵老若男女誰にでも効くらしいことは実証済みだ。
間もなく幕の内弁当が届き、千雪も遠慮なくお相伴に預かったあと、たいして休みもせず、平造は立ち上がった。
「猫ちゃんを怖がらせないように連れてこないと」
鈴木さんは心配そうに言いながら平造が軽井沢から乗ってきた軽トラの助手席に乗って広瀬良太のアパートへと向かった。
やがて清掃業者が顔を覗かせ、サインを求められたので小林とサインした。
「ありがとうございました!」
威勢よく挨拶して業者が帰っていくと、一気に静かになった。
「猫飼ってるんや」
その時ふいに、千雪の脳裏に大学の教室での情景が蘇った。
「猫いるの? 見せて」
「わ、可愛い」
講義のあと、女子数名に囲まれた男子学生が、楽し気に携帯を見せている。
「クラブハウスの裏に段ボールに入って二匹、捨てられててさ、まだ乳飲み子だったんだぜ? ひでえよな!」
「二匹いるの?」
憤慨している男子学生の話は置いといて、女子は猫の方に興味がいっている。
「いや、一匹は同じ部のやつが飼ってる」
「ピッチャーなんでしょ? 広瀬くん」
「こないだK大と練習試合やった」
「勝った?」
「いや、俺のガキの頃からのライバルがいてさ」
女子に囲まれているチャラ男だと思った男子学生の顔が、病院で包帯を巻かれて眠っている広瀬の顔と重なった。
そうか、野球部のピッチャーで、久々、うちの大学が勝利を挙げたとかって、ちょっと話題になってたな。
あの頃の広瀬はほんとに普通の大学生で、野球と学生生活を満喫しているように見えたのだが。
おそらくその後、家や工場を手離さなければならないような事態になったということか。
父親が保証人になっていた友人に逃げられたとか、鈴木さん言ってたな。
友人の保証人になる父親にしろ、捨てられた猫を放っておけない広瀬にしろ、人がいいんだろうと、千雪は何となく思った。
それにしても、予想は大きく外れたな。
工藤の下で続いている社員とか、てっきりすごい猛者だと思っていたが。
さらに案外このオフィスは忙しいのだと認識したのは、電話が結構かかってきたからだ。
その度にただいま出かけておりますがと伝えると、コールバックか、伝言を頼まれる。
工藤だけでなく広瀬にもだ。
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