「それが、そうでもないみたいで。とにかくほら、良太ちゃん、ご家族のために身を粉にして働いてて、アパートに猫ちゃんの世話に行ってみたら、あんまりよろしくないお部屋だったから、工藤さんがアパートを引き払って上の空いてる部屋に引っ越すようにって」
枝葉末節を省いた鈴木さんの説明にも井上は、なるほど、と頷いた。
「で、何で、先生が?」
「いや、会社の前で良太ちゃんが倒れてるの見つけたん、俺やね」
井上に目で問われて千雪は見つけた夜のことを話した。
「そうなのか?」
「やから、俺も心配してんけど、まあ、食欲はあるらしいし」
「まあ、今良太に戦線離脱されたら、この会社、大変だからな」
井上のセリフに、どうやら良太は既にこの会社ではなくてはならない存在になっているようだと千雪はあらためて認識した。
「帰るのか? 先生」
千雪がバッグを手に立ち上がると、井上が聞いた。
「先生はやめや」
「じゃあ、千雪? そこまでご一緒しようぜ」
井上はバッグを肩にかけ直すと千雪と一緒にドアに向かう。
「ほな、工藤さんに、チェック終わりました、お伝えください」
千雪が言うと、鈴木さんは「まあまあ、今日はいろいろとお手伝いいただいて」と立ち上がった。
「良太ちゃん、はよ、ようなるとええですね。お大事に」
「ありがとうございます」
井上は階段を下りながら、「車?」と千雪に聞いた。
「いや、今日は地下鉄や」
「え、じゃあ、送りまっせ」
千雪は井上の誘いに乗ることにした。
「チェロキーか」
助手席に座ると車高が高いため、京助の車とフロントガラスの向こうの視界が違う。
「ま、あちこち行くんで」
井上はエンジンをかけて、ナビを麻布に設定する。
「それで、ほんとは何があったん? 良太ちゃん」
井上はどうやら鈴木さんの話を鵜呑みにしたわけではなかったようだ。
「怪我は、どうも良太ちゃんが仕事帰りにやっていたバイト関係らしいてことしか、わかれへん。工藤さんが怒って調べたはるけど」
「何だよ、名探偵にも犯人わからないのかよ」
千雪は笑った。
「まあ、工藤さんが何か言うて来たらな」
気になることは気になった。
鈴木さんから、良太がバイトしていたという店の名前『ルーファス』は聞き出したのだが、調べるのが良太のためになるのなら、というところだ。
「ふーん、そんで、アパート引き払うってのはまた別の話?」
井上は勘がいいようだ。
「鈴木さん、よろしくないお部屋とかって言ってたが、保証人倒れした良太の親の関係じゃねえの?」
「ああ、良太の親が保証人になってたいうご友人は、闇金に負債を抱えてたみたいで、そいつらが部屋の前に屯してたって、鈴木さんが」
「なるほど、それでアパートを引き払ったわけか」
「てか、どうも工藤さん、今朝、その闇金に全額支払ったらしいで」
「うっそおおお!」
思い切り千雪を見た井上に、「前向け前!」と千雪は注意する。
「まあ、あのオッサンならやりそうなことか」
「ヤクザとはきれいに手、切りたいんちゃう?」
「向こうがヤクザなら、工藤高広の名前くらい知ってるんじゃね?」
「せやな。向こうも下手に工藤さんとは関わりあいたくないかも」
「だなあ。ま、とにかく、良太がいないと始まらないからよ」
鈴木さんもそうだが、こんな風に人に心配されるって、よほどいい子、なのだろう、広瀬良太。
ようなったら、いっぺん会いに来なな。
そんなことを思いつつ、千雪は笑みを浮かべた。
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