かぜをいたみ69

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「木村ちひろくんだったね、こちらに住所と名前を」
「横須賀のダチの知り合いんとこ転がりこんどったし」と千雪は適当に答える。
「何か証明書、免許証は?」
「あれへん」
「健康保険証」
「あれへん」
「学生証は?」
「学生とかやないし」
「関西出身のようだが、じゃあ実家の住所を書きなさい」
「ンなもん書けるか! DVの親から逃げてきたんやで? 前に警察に言うたら情報漏洩して殺されたいう話あったやろが! 警察なんか信用でけるか!」
 千雪は喚き散らしてから、「あ、せや」と薄い肩掛けバッグから、男たちの携帯を取り出してテーブルに置いた。
「ピザ屋のにいさんが、ヤバイもん写っとるから、警察に渡したら喜ぶて」
 すると刑事の目が俄然見開いた。
「これ、すぐにサイバー対策班に回してくれ」
 若い刑事に三台の携帯を渡すと、たたき上げ刑事は先ほどの女性の刑事を呼んで耳打ちした。
「とにかく何とかこのやたらきれいな被害者から連絡先を聞き出してくれ」
 内緒話は聞こえないようするもんやないのんか? 普通。
 しっかり聞こえた千雪は、一つため息をついた。
 さあて、そろそろバックレな、いつまでも一昔前の動きがチョー鈍いパソコンみたいなとこにいたかて、埒が開かんしな。
 指紋も残さないように、ふき取ったし。
 しれっと心の中で呟いた千雪は、「すんませんけど、さっきから、腹がぐるぐるいいよって」とまた情けない顔で女性刑事に訴えた。
「大丈夫? トイレ、こっちです」
 女性刑事の後についてトイレに向かい個室に入ると、斜め掛けにしていたバッグから、まず丸めて入っていた軽い素材の黒のパーカーを取り出してすっぽり白のカットソーを覆った。
 そして次に取り出したのは最近はやりの軽いウイッグだ。
 これが優れモノで黒髪のウイッグはぴったり装着でき、金色の髪を隠した。
 次にカラーコンタクトを外してポケットにしまい、黒ぶちのメガネを取り出して掛ける。
 最後に折り畳みの黒のトートバッグを取り出して、掛けていたバッグを中に入れると、水を流して個室を出て手を洗う。
 うーん、我ながら別人やんか。
 ちょっと悦にいってから、窓に気づくと、ちょうど千雪が通れるくらい開けた。
 一般人らしき男がドアを開けて入ってきたので、すれ違いに千雪はトイレを出た。
 その時、先ほどの女性刑事が少し離れたところで待っているのが見えたが、千雪には気づかなかったようだ。
 ゆっくりとした足取りで千雪は入口へと向かう。
 外に出て階段を下りた時だった、背後から誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「すみません! ちょっと、そこの方!」
 先ほどの女性刑事の声とわかり、バレたか、と思った千雪だったが、女性刑事は息を切らして千雪の前に回り込み、「さっき、トイレから出てこられましたよね? あの、若い金髪の、すっごいきれいな男の子、見ませんでしたか? 青い目の」と必死の形相で見上げた。

 


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