工藤は嘉人のドキュメンタリー番組のロケに同行し、オスロから帰ってきたばかりらしく、疲れているようだった。
工藤はかがんで何かを拾い、しばらくそれを見ていたが、やがてぱたんと閉じると、上着のポケットに仕舞い、ふんと鼻で笑って煙草を噛んだ。
「広瀬良太。去年入ったウチの唯一の新人。お前の後輩だ」
やがて千雪を見つけると、工藤は良太を紹介した。
「後輩ですか? 俺、この人の?」
良太が納得いかないという顔で工藤に尋ねる。
「うちの大学の野球部エースやったんやね。しかも戸塚ゼミ出身やろ? すごいわ。小林です、よろしゅうに」
千雪は微笑んだ。
「こ、光栄です。先輩ってホントに?」
良太はまだ合点がいかないと言った顔で首を傾げる。
「俺の講義取ってくれてたんやね?」
良太はマジマジと千雪を見つめる。
「ハ……ハアアア?…」
「まだわからねーのか? だから小林千雪大先生じゃねーか。あくまでも社外秘だ。心しとけよ」
工藤が口を挟む。
「ウッソォ…」
良太は目を丸くして千雪を見つめる。
「でも、大学にいる時とは別人…」
「あんまり美人だから、しょっちゅう襲われそうになるのよ。だからコスプレしてるのよ、小林先生は」
割って入ったアスカが代わりに答える。
「適当なこと言いな。まあ、いろいろわけありやね」
アスカの適当な説明を引き取って、千雪は注釈をつけた。
「何が社外秘だ、その大先生をいいようにしてんのは、あんたなんだろう?」
明らかに険を含んだ目付きを工藤に向けたのは大澤流だ。
「残念ながらここんとこ先生はつれねぇからな。俺の方はいつでもOKなんだぞ?」
また工藤が思わせぶりなことを言う。
何でこいつがいるんやと千雪は千雪で大澤を睨みつつ、「工藤さんの相手には役不足違う?」などと千雪は嘯いた。
「だめよ、センセはあたしのものなの! 工藤さんのお相手なんて両手にも余るくせに」
千雪の腕をとってアスカが主張する。
「例の有閑マダムはどうしたよ? 社長なんか、ちょっとしたラブアフェアには事欠かないくせに」
俊一が口を挟む。
「でも本命はそう簡単に落ちないから価値があるのよね」
今度は万里子までがからかいの合いの手をいれる。
ここにいる大概の者は、前にオフィスに飛び込んできた山之辺と千雪が鉢合わせた時、工藤が千雪を当て馬にしたことを耳にしたりして、千雪ならさもありなんと工藤との関係について想像をたくましくしているだけだ。
だが、千雪が工藤と出会って間もない頃の本当のところを知っているのは軽井沢の平造のみだ。
工藤とは、考えてみれば随分長い付き合いになる。
ギリギリ彼らの想像が現実になる寸前だったなどとは言わないが。
でも、と千雪は思う。
元はといえば京助が悪いんや。
以来、京助は工藤と千雪のことを疑い、工藤を目の敵にしているが、千雪は勝手に疑ってればええ、くらいにしか考えていない。
周りの冷やかしも工藤は面白がっているだけだ。
にしても、何や、今夜の工藤さん、ちょっとヘンやないか。
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