ゆうされば11

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「半分はほんまのことか知れんやろ」
 千雪は言い返すと、携帯で関連記事を追っている。
「あのおっさん、釈放されたんならまたシルビー連れて散歩にきはるか知れんし」
「だから、首突っ込むなっつってっだろうが! シルビーってなんだよ」
「やから、ハスキーの名前や。あ、杉浦のクラブのスタッフらしいで、こいつ。『エリー』て銀座にあるらしい。他にも何軒か店持ってるみたいや。やっぱめっちゃ横暴でケチやったて、スタッフのポストもかなり辛辣や」
 こいつは、聞いちゃいねえ、と、SNSを追う千雪を見ながら、京助は何か言おうとしてやめ、ちくわぶを口に放り込むと、熱燗をぐいっと飲み干した。

 宮島教授の学会の準備の手伝いで忙しくなり、事件のことも頭の隅に追いやられた頃、ちょうど大学からの帰りに例の公園を通りかかると、ワン、と向こうから見知った犬に急かされて一緒に走ってくる男がいた。
 千雪は慌てて眼鏡をコートのポケットにしまうと、髪をかきあげた。
「あ、よかった、また会えて」
 シルビーは、はっはっと嬉し気に尻尾を振りながら千雪の傍までやってきた。
 息を切らした男は、シルビーの隣で笑顔を見せた。
「刑事さんに、アリバイの証明してくださったと聞きました。その節はほんとにありがとうございました」
 男はそう言うと頭を下げた。
「事実を言ったまでです。刑事なんかには、しっかりきっぱり言わへんと、冤罪でも平気で押し付けよるか知れまへんし」
 すると男は苦笑して、「あ、大変申し遅れました。私、こういうものです」と、ポケットから名刺入れを取り出して、千雪に名刺を一枚差し出した。
「T美大教授、大学の先生ですか」
 名刺には、松岡雄三とあり、肩書はT美大芸術学部の西洋美術史教授となっている。
 T美大は世田谷区上野毛にあり、百年ほどの歴史をもつ美術大学だ。
 そういわれてみると、元々紳士だと思っていたが、銀縁眼鏡の下の整った顔立ちといい、女子大生にモテそうないわゆるイケオジという部類に入るかも知れない。
「俺、小林いいます。ライターのようなことをしてます。あいにく名刺は今持ち合わせてないよって、すんまへん」
 千雪は当たり障りない程度に自己紹介した。
 ウソは言うてないし。
 心の中で弁解する。
「いやほんと、助かりました。小林さんのお陰で、殺人犯にされないですみました」
 松岡はそう言うと続けて、「実はあの杉浦という男とは面識がありましてね、妻に難癖をつけているところに出くわして口論になったんです。妻はあの男の経営するバーに仕事の付き合いで行ったことがあるらしくて」と、千雪が聞いてもいないことを話した。
「難癖?」
 つい千雪は聞き返した。
「ええ、妻は銀座にギャラリーを持っているんですが、男の店に売った絵が、相場より高かったとか何とか」
「ギャラリーですか。俺も銀座あたりのギャラリーを見て回るのが好きで、何ていうギャラリーです? 今度寄らせてもらいますわ」
「それはぜひ。ギャラリー『蒼』といいます。草冠に倉のアオです」
 そういう松岡は限りなく人畜無害の、妻子とごく一般的な家庭を持つ男のようだった。

 


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