青山プロダクション社長の工藤から携帯に電話が入ったのは、千雪が講義を終えて研究室に戻ってきた時だった。
「はあ? キャスティングなんて俺がわかるわけないですやろ。勝手にそっちでやって下さい」
来春MBCテレビでドラマ化される予定の千雪原作『阿修羅なれ』は老弁護士シリーズの新作で、老弁護士をベテラン俳優の端田武、相棒の若手弁護士を大澤流のW主演で近々撮影が行われることになっていた。
「局のプロデューサー押しの草間亜紀が男を巡って事務所の後輩と悶着を起こして降板するんで代わりを探すことになった。それとロケ地のことで監督の山根がお前に聞いてくれといってる」
即座に断ろうとした千雪だが、工藤にそう言われて仕方なく翌日オフィスに出向くことになった。
「お疲れ様です。ちょうど今さっき、藤堂さんが美味しいケーキを買ってきてくだすったの」
午後四時過ぎに乃木坂のオフィスを除くと、鈴木さんの笑顔に千雪の仏頂面も引っ込んだ。
藤堂は青山プロダクションと取引のある代理店の営業で、スイーツには詳しいらしく、よく差し入れを持ってきてくれるという。
「うまいわ、これ」
チョコレートケーキだが、絶妙な甘さと苦さが共存する一品だ。
千雪がケーキと鈴木さんが入れてくれた紅茶を堪能していると、工藤がせかせかとオフィスに入ってきた。
「やから、俺、ドラマとか疎いよって、俳優さんなんか知らんし」
降板したのは、ドラマのキーマンとなる役どころの中堅女優だという。
「わからなくていい。この三人のうちから一人選べ」
向かいに座った工藤は、タブレットを見せて、三人の女優の写真を順に見せた。
「選べ言われても、何を基準に?」
「お前の直感でいい。どれをとっても外れはない」
三人とも女優というだけあって、みんな美人だし、目が主張している。
「うーん、ほな、この人」
千雪は二番目の女優を指でさした。
「よし、わかった。原作者のお墨付きってことで話を持っていけば快諾するだろう」
「え? それ、詐欺やないですか!」
工藤の言葉に千雪は即抗議した。
「手間が省けるからいいんだ。それより、ロケ地だ」
うまく工藤に丸め込まれたような気がしないでもないが、ロケ地について原作からすると違和感があるという山根の意見を聞いて、千雪はしばし考え込んだものの、決定しているロケ地について工藤から説明を受け、「そこまで老舗の背景にこだわりませんよ」と言った。
「この旅館がこの地方で老舗だってことさえ押さえてあれば、老朽化したところをリノベして新らしうなったかてかまへんし」
監督も脚本家もプロデューサーも、千雪が書いた文章を大事にしてくれているのはよくわかるのだが、千雪としては前から工藤に言っているように、ドラマや映画など自分の手を離れたら、お任せなのだ。
「よし、まあゆっくりしていけ」
忙しいばかりというのを体現して見せて、工藤はまたたったかオフィスを出て行った。
「あらまあ、ほんとに、お忙しいばかりね、工藤さん」
鈴木さんがつくづくという風に口にした。
「ワーカホリックはちょっとやそっとで変われへんわ」
その時、テーブルに置いていた携帯が鈍く振動した。
相手の名前を見て、千雪は一瞬戸惑った。
渋谷だった。
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