ゆうされば13

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 戸惑ったのは少し前から千雪の脳裏にあった小さな棘のようなものが何らかの予兆を告げているような気がしたからだ。
「すまない、千雪くんにちょっと相談したいことがあるんだが」
 やはり千雪の勘が当たったらしかった。
「今、青山プロダクションで打ち合わせなんですけど」
「だったら、そっちに出向く」
「渋谷さん一人やったらええけど、山下さんはお断りやし」
 すると渋谷のくぐもった笑いが聞こえた。
 三十分もしないうちに渋谷はやってきた。
「すみません、ちょっと千雪くんに用がありまして」
と鈴木さんにちょっと断りを入れたくらいですぐと千雪の向いに座った。
「まあ、刑事さんも大変ですわね。あちこち走り回られて」
 鈴木さんは、紅茶とケーキを持ってきて渋谷を労った。
「わ、申し訳ありません、部外者なのに」
 さすがに渋谷は恐縮したが、ごゆっくり、と鈴木さんはトレーをキッチンに置くと自分のデスクに戻っていく。
 こういう時、鈴木さんはできた人だと、千雪は感心している。
「実は、こないだ君にアリバイを証明してくれた男の妻が逮捕された」
 ケーキを半分も一気に口に入れると紅茶をがぶ飲みしてから、渋谷は言った。
「は? 今度は奥さんに嫌疑ですか? 杉浦と口論していただけやないんですか?」
「何でそんなこと知ってるんだ?」
 渋谷はこれだから油断ならないというような目で千雪を見た。
「二,三日前、またワンコの散歩に来てた松岡さんと会うて、礼言われたんですわ。ギャラリー経営している奥さんが売った絵の値段のことで悶着あった言うてましたけど」
「最初は松岡栄子もそんなようなことを話していたんだが」
 そこまで言うと渋谷はケーキを平らげ、紅茶を飲み干した。
「調べてみると、杉浦と栄子とのやり取りはそれだけじゃなかったんだ」
「はあ、それでも何で松岡奥さんが逮捕ですの? 何か決定的な証拠でも?」
 千雪は気になっていることを問いただした。
「実は栄子が杉浦のマンションを訪ねて二十分以上部屋にいた形跡があるんだ。マンションの入り口にある防犯カメラに栄子が移っていたのは三時半頃。それから二十分ほどあとに松岡の部屋のある十階でエレベータに飛び込む後姿を同じ階の住人に見られている」
「殺害時刻は五時やなかったわけですか」
 最初松岡を疑ったのは五時くらいにあのあたりにいたという理由からだったはずだ。
「いやまあ、タイマーで暖房でもつけていれば体温の降下は緩やかになるだろうし、誤差も出てくる」
「それで?」
 千雪は胡散臭げに問う。
「調べると、杉浦は以前から顧客に栄子の店の絵を斡旋するとかで付き合いがあったらしい。栄子の言うには、杉浦から重要な話があるからすぐに来るようにというメールをもらって部屋に出向いたら、鍵は開いていて、中に入ったら杉浦が殺されていたと。二十分ほど部屋にいたのは、自分の店との付き合いを知られたくなかったので、証拠になるようなものを持ち出そうとした、と言うんだが」
 それを聞くと、どうやら松岡家から平穏な家庭のイメージは消え去ったようだと千雪は思った。

 


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