ゆうされば20

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 翌日は三限目の講義が終わったらそのまま車で桐生市に向かう予定で、大学近くのパーキングに車を停めると、千雪は歩きながらポケットからメガネを取り出してかけた。
 大学近くのアパートに住んでいた頃と違って通勤に四十分はかかることに、最初は文句タラタラだった千雪だが、電車に乗るのも慣れたし色々と観察するのが面白いと最近は思うようになった。
 だが、急ぐ時や用がある時は四十分が惜しいので、車を使っている。
 ただし、それも自分が勝手にやっていることだから仕方がないものの、いわゆるダサいおっさん名探偵がアウディに乗っていたりはキャラ的に合わないし、京助とも通勤時間が違うため、いつも乗せてもらえるとは限らないので、学内の駐車場を使うのを避けてどうしても近所のパーキングを利用せざるを得ない。
 それが面倒ではある。
 昼休みに桐生市内のホテルを予約し、ギャラリーの場所も確認済みだ。
「なんぞ楽しいことでもおましたんか?」
 いきなり椅子の後ろから降ってきた声に、報告書を一枚まとめたらすぐに帰るつもりでいた千雪は振り返りもせず、「何がや」と返す。
 小説家小林千雪を慕っていると言えば聞こえはいいが、千雪にとってウザいストーカー一歩手前の後輩、佐久間である。
 法学部を卒業して院に残り、院のうちに司法試験にかろうじて合格、宮島研究室まで千雪を追いかけてきた大阪出身のよくしゃべるお節介極まりない男だ。
「いつになく楽し気やし」
「これから面倒な用事があるんや。従姉の関係で」
「はあ。あの麗しの小夜子はんでっか。ええなあ。あないきれいな人と従姉弟同士やなんて」
 勝手に感激している佐久間を無視して、千雪はすくと立ち上がった。
「お先に失礼します」
 千雪は他の先輩らに声をかけると、そそくさと研究室を後にする。
 ギャラリーが閉まる前に桐生市に行かなくてはと思っている千雪はウザい佐久間に構ってなどいられなかった。
 ラッシュにも引っ掛からず、案外スムースに首都高から東北自動車道へと走った。
 二時間はかからずに桐生市内に入ると、千雪はギャラリーの近くのパーキングに車を停め、目指すギャラリーのドアを開けた。
 週末の夜だからか、案外人が多かった。
 ギャラリーのスペースは広く、一階には百号など大きな絵が並び、二階にも作品は展示されているらしい。
 伊藤奈美は雰囲気だけではなくしっかりした技術を持った画家だったようだ。
 在学時代の作品から、近年の作品まで、全体的に明るい色調で描かれていた。
 モチーフは人、犬や猫、静物、風景と多岐に及ぶ。
 千雪は一つ一つ丁寧に作品を見ていった。
 その間にも、ソファセットでは数名の女性が奈美のことを話しているのが千雪の耳に入ってきた。
「奈美ちゃん、先生のお気にだったのにね」
「才能あったもんね」
「なーんか、空しいよね」
 どうやら奈美の在学時代の同窓生らしかった。
「私、好きだったんだよ、奈美ちゃんの絵」
「ああ、私も」
「ふわっとしているようで、しっかり芯があって、表現したいところを表現してるよね」
 千雪は聞いていてなるほど、と思う。
 女性の言葉は的確に奈美の絵を評していた。
「でもさ、あの人、来てないのかな」
「誰?」
「多分、あの人だと思うんだよね、奈美の彼って」
「知ってんの? 誰よ。奈美、絶対教えてくんなかったじゃん」
「でも私見ちゃったんだよね、二人で話してるところ。あれは絶対コイビト同士だと思った」
 早速気になる話が聞こえてきて、千雪は顔は絵に向けたまま、耳をそばだてた。

 


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