ゆうされば23

back  next  top  Novels


「失礼ですが、伊藤奈美さんのご家族の方ですか?」
 声をかけたのは渋谷だった。
「はい、そうですが」
 女性は怪訝そうに渋谷を見た。
 皺が刻まれたその顔に千雪は、娘や理不尽に殺された孫のことで味わわされた苦汁の痕を見るような気がした。
「唐突にすみません、私、警視庁捜査一課の渋谷と申します。こちらは山下です」
 渋谷が自己紹介すると、女性は表情を変えた。
「警視庁の? 私、奈美の母ですが、あの、孫の事件で何かわかったんですか?」
 これを聞いて渋谷は、「申し訳ありません、ご報告するほどの情報はまだ」と難しい顔をした。
「もう十年ですよ?」
 すると母親の横にいた男性が渋谷に詰め寄った。
「警察の失策で犯人を取り逃がした上に、春奈も殺されて、我々家族がどんな思いで犯人が逮捕されるのを待ってると思ってるんですか! 姉は失意のうちに昨年亡くなりました。最近は捜査もしてないんじゃないですか!?」
 奈美の弟はたまりにたまっていたのだろう、渋谷に向かって激昂した。
「由人、よしなさい。お客様もいらっしゃるんだ」
「父さん。でも、悔しいだろ! 十年も何の情報もないなんて」
 由人はそれでも悔しそうに首を横に振った。
 白髪に疲労を滲ませたように息子を窘める父親の目にも千雪はやり思いを感じざるを得なかった。
「誠に申し訳ありません。決して捜査をしていないわけではありませんし、情報もちらほら入って来たりしたんですが、どれも役に立たないものが多くて」
 渋谷が悪いわけではないが、警視庁を代表するかのように渋谷は頭を下げた。
「われわれも鋭意捜査に尽力して参ります。それで、ちょっと見ていただきたい写真があるんですがよろしいですか?」
 そう言うと、渋谷はスマホを取り出して伊藤一家に見せた。
「この中に見たことがある顔がありませんか?」
 渋谷は三人の前に順番にスマホの画面を見せ、スライドさせた。
「いいえ、どの人も存じません」
 母親が言うと、父親も頷いた。
「容疑者なんですか?」
 由人が聞いた。
「いや、容疑者というわけではないが、関連がないか今調査中です」
 すると伊藤一家は目に見えて落胆の表情になった。
「ありがとうございました。とにかく事件については何かわかりましたらご報告します」
 頭を下げる渋谷に近づいて、「俺にも見せてください」と千雪は言った。
「また、お前は!」
 渋谷が何か言うより先に山下が文句を言いかけたが、「ああ、一応見てくれるか」と渋谷がスマホを差し出した。
 画面に映し出されたのはどれも怪し気な顔をした男たちだったが、杉浦とあと女性が一人混じっていた。
 ひょっとして今拘留されているという松岡の妻だろうか、と千雪は思う。
 ごく普通の主婦といった感じだが、少しきつそうな目をしている。
「残念ながら、一人を除いてわかれへんけど、あちらの女性の方々、奈美さんのご学友だそうですよ」
 途端、渋谷は伊藤家と渋谷らのやり取りを興味津々で見ていた女性陣を振り返った。
「すみません、皆さん、奈美さんのご学友なんですね? 皆さんもちょっとみていだけますか?」
 結果は誰もが首を横に振ったが、しばらくして、あっ、と言ったのは、奈美と彼氏を見たと言ったワンピースの女性だった。
「なんか、女の人、どこかで見たことがあるかも」
 俄然、眼を鋭くして渋谷が再度、スマホを見せた。

 


back  next  top  Novels