「どこで見かけたんですか?」
渋谷の勢いに思わず女性は身を引いた。
「あ、いえ、どこかで見たことある気がしたんだけど、どこだったか」
「だって、どこにでもいそうなおばさんじゃない?」
ジーンズの女性が言った。
「ちょっとおばさんは可哀そうでしょ」
スーツの女性が窘める。
「ああ、ごめんなさい、気のせいかもしれません」
ついにワンピースの女性も首を横に振った。
千雪はしかし、ワンピースの女性が、学生時代の奈美と彼氏を見たと言ったことを考えると、他の面々より洞察力があるのかも知れないとも思う。
松岡教授夫人を、彼女はどこで見たんや?
てか、何で松岡の奥さん?
頭の中で疑問が湧き始めた千雪に、「千雪くん、一緒にそこまで行こう」と渋谷が割と強引に肩に手をかけたので、仕方なくギャラリーを出ることになった。
ギャラリーをでると、「あ、あの喫茶店、入ろう」と渋谷が向いの洒落たカフェを見て言った。
さほど広くない道路だが、この界隈は町のメインストリートらしく、車の通りも多い。
何台か見送ってから、三人は道路を渡った。
四人掛けのテーブル席が一つちょうど空いていて、三人はその席に案内された。
渋谷の横に山下が座り、千雪は二人の向いに座ったので、嫌でも仏頂面の山下の顔が目に入る。
どうやら千雪がいること自体、山下には気に入らないらしい。
「ブレンド二つ、千雪くんは?」
スタッフが三人の前に水の入ったグラスを置くと、渋谷がすぐさま言った。
「ミルクティお願いします」
コーヒーでもよかったが、何だか山下の機嫌の悪さをつつきたくなって、千雪はあえて違うオーダーをした。
「松岡夫人が容疑者ってのに疑問があって、わざわざこんなところまで来たんやないんですか?」
スタッフがバックヤードに戻っていくと、千雪は渋谷に問いただした。
「さっきの一人だけ女性って、松岡夫人ですよね?」
すると渋谷は眉間に皺を寄せて、「いや、それが、思わぬ展開になりつつあってね」と徐に切り出した。
「思わぬ展開?」
「杉浦が十年前の誘拐事件に関与しているんじゃないかという前提で、警部に申し出て我々数名でそっちを再捜査というほどではないが調べ始めたんだ。ところが今朝、池袋のアパートで撲殺遺体で見つかった九重という窃盗やら詐欺やらで前科のある男だが、これが意外なものを隠し持っていたんだ」
渋谷は重い口調で続けた。
「血のついた女性ものの小ぶりなバッグ、ブランドものらしいが、それと一緒に杉浦を刺した凶器と思われる血のついたナイフを持っていたんだ」
「凶器、ですか」
「キャンプなんかに使われる、土佐打刃物とかいうシロモノで、そんじょそこいらに転がっているものじゃないらしい。これが、松岡夫妻の趣味の一つがキャンプで、夫妻も持っているが、ただ、ナイフに関しては指紋は出なかったので確実に松岡夫人のものとはいえないが、バッグは、夫人が杉浦の部屋から家に戻った時に、血がついているのに気付いて捨てたって言うんだよ」
千雪も確かに意外な話に首を傾げる。
「つまり、杉浦を殺害した凶器と夫人のバッグを持っていた男がまた殺害されたいうことですか?」
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