ギャラリーに入った頃にはもう日が暮れていたが、あっという間に夜になった。
駐車料をカード決済し、パーキングから車を出すと、千雪はホテルへと向かった。
桐生ロワイヤルホテルは桐生市内中心部から近く、狭いと圧迫感を覚える千雪は少し広めのツインを取った。
担当編集者の多部からは次の原稿もそろそろと言われているしと、一応タブレットも持ってきているのだが、デスクに広げても気になるのは事件のことで、いっこうに原稿は進まない。
「ああ、もう、あかん。やめや」
千雪は原稿は潔く放り出し、ちょうど腹も空いてきたところで、調べておいた魚料理の店に行ってみることにした。
せっかくだからホテルでフレンチのコース料理なんかを食すよりこの街ならではの料理を堪能したい。
確かホテルから歩いて数分のところに店があったはずだ。
夜になるとさすがに冷えてくる。
コートの襟を掻き合わせながらしばらく歩くと、目指す店を千雪は見つけた。
暖簾をくぐり、ガラリと引き戸を開けると、暖かい空気と美味そうな匂い、それに店のスタッフの活きのいい「いらっしゃいませ」の声に促がされて店内を見回すと、客は幸せそうな顔で食べている。
それだけでこの店の料理が美味いことが伝わってくる。
ちょうど家族連れがテーブルを後にしたので、千雪は四人掛けのテーブルに案内された。
金目鯛の煮つけ定食と刺身の盛り合わせに熱燗をオーダーすると、やがて豪華な食事が目の前に展開された。
空腹な上に絶妙な味付けの金目鯛や新鮮な刺身、それに小鉢の大根の煮物が文句なく美味い。
これ、絶対京助、自分で作りたい言うやろな。
金目鯛にせよ大根にせよ、ぜひとも作ってもらいたいものだがと、千雪は珍しく京助がここにいないことが残念に思う。
空腹が美味い料理で満たされ、熱燗で身体も温まると、千雪は立ち上がった。
「ほんまに美味しかったです。ごちそうさんでした」
店を出る時、そう声をかけると若いスタッフはそれこそ幸福そうな笑顔になり、ありがとうございました、と九〇度ほども頭を下げて送り出してくれた。
いい気分でホテルへと向かった千雪だが、ふと、千雪の前に席を立った仲のよさそうな両親と小学生だろう子供たちの家族の残像が、伊藤家の家族のかつてあったであろう幸せなひと時を連想させた。
渋谷に食って掛かっていた奈美の弟の憤りが思い起こされる。
姉の死はその娘を無残に殺害した犯人の所業のせいであることは明らかで、もし犯人が目の前にいたら、弟としては何をするかわからないかも知れない。
だがもし、杉浦が誘拐犯であったとしても、あの両親、あの弟が人をそう簡単に殺したりするとは、千雪には思えなかった。
それはただの勘でしかないのだが。
それにしても杉浦と九重という男の殺害は、九重が杉浦殺害の凶器を所持していたことからも関連しているのは明らかだとしても、やはり松岡夫人を杉浦殺害の犯人に仕立てあげようとしたことがいかにも解せない。
松岡夫人はバッグに血がついていたことでゴミに捨てたと供述しているそうだが、それが事実とすれば、九重を殺害した第三者が盗んだことになり、夫人を知っている誰かということになる。
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