捜査本部が夫人の話をまともに受け取れないのもわからないでもない。
九重と夫人に関わりがあり、さらに九重を殺害した第三者とも夫人が何らかの関わりがあるとする方が、まだ理解できるかも知れない。
加藤から連絡が入ったのは、千雪がゆっくり風呂につかってから髪にドライヤーを当てている時だった。
「俺? まだ桐生におるけど。なんか朗報?」
「何か妙なことになってる」
加藤はあまり感情を露わにするタイプではないが、少し声高に言った。
「妙なこと?」
「松岡栄子のギャラリー『蒼』のスタッフの笹田靖枝、オーナーが捕まってるから、ずっとギャラリーに出てるんだが、この女、九重の妹だ」
「ほんまに? ほな、やっぱ九重と松岡夫人も知り合いやったいうことか」
そうなると当然松岡夫人の犯行説の方が現実味を帯びてくる。
「そこのところは、おそらくとしか言えないが、九重は高校時代からのワルで、少年院をはじめとして、ムショに数回出入りしていた野郎で、母親は妹の靖枝に自分の姓の笹田を名乗らせてる。離婚した父親は亡くなってる」
「ほな、やっぱ、十年前の誘拐事件は関係ないいうことか」
千雪がそう口にすると、加藤は「いや、それが」と言う。
「おかしなことに九重兄妹は桐生出身らしい」
「え?」
「九重が飲み屋の女将にそう話していたらしい」
「妙なことて、それか」
「まあ、桐生出身だからって、九重兄妹と伊藤奈美に関りがあるとは言えないが。たまたま偶然ってこともあるし。東京近県だからな」
「わかった。明日、もうちょっと調べてみるわ。おおきに」
「おう、また何かわかったら連絡入れる」
携帯を切った千雪はソファに腰を下ろしたまま、しばらくぼんやりと考えていた。
たまたま偶然、か。
そらそういうこともあるか知れんけど。九重兄妹と伊藤奈美さんにもし何か関わりがあったとしたら?
ここで考えられるのは、まず、松岡夫人が濡れ衣やいう説や。
松岡夫人と杉浦は絵の取引相手いうだけで、たまたま杉浦を訪ねた松岡夫人に濡れ衣をきせて、九重の部屋に凶器と夫人のバッグを置いて、かつ九重を殺した真犯人がおる。
あるいは杉浦を殺したんが九重で、松岡夫人に濡れ衣をきせようとしたところが、第三者に殺されてしもた。
次は、捜査本部が決めてかかっとるように、松岡夫人が杉浦を殺したいう説。
夫人は拘留されとるよって、九重を殺害したんは第三者や。
第三者が夫人のバッグと杉浦を殺害した凶器を九重から奪おうとして九重を殺した、とか?
三流サスペンスの筋書きやったら、夫人の犯行を裏付ける凶器やバッグを手に入れた九重が、旦那を脅して金をゆすろうとしたら、旦那である松岡教授に逆に殺された、とかいうところやろうけど、肝心の凶器やバッグを置いたまま?
まあ、実際には何らかのハプニングで凶器やバッグを持ち去ることがでけんかった、とか。
最後は、やっぱ松岡夫人は濡れ衣で、杉浦を殺害したのは何らかのひょうしに杉浦が十年前の誘拐事件の犯人と知った、伊藤奈美の縁者という説だ。
ここにきて九重兄妹が桐生出身で、伊藤奈美や伊藤家が裕福だと知っていたということになると、妹を介して九重と杉浦が結託して誘拐事件を起こしたという話にもなってくる。
妹が共犯かどうかはわからないが、杉浦と九重を殺害した犯人は、奈美さんや春奈ちゃんのリベンジが動機ということになる。
千雪は携帯で渋谷を呼び出した。
「まだ、桐生にいはります?」
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