一つだけ大学のアトリエに放ってあった描きかけの二〇号の前で、悠はリュックから取り出した絵の具を広げた。
悦子の描いているバラのドライフラワーをジョークのつもりで描き始めたものだ。
ふと、カンバスの上で筆が止まる。
初めて藤堂に出会った時のことを改めて思い出す。
奇妙な偶然。
もし、あの時出会わなければ……
顔を上げて、アトリエを見回すと、みんな一心不乱に作品に取り組んでいる。
自分だけ筆が、動かない。
どうしたんだよ、俺!
筆を持てば勝手に手が動いて絵ができたくらいだったのに。
俺、何やってるんだ?
何を描きたいんだ?
何を描けばいい?
わかんねーよ!
気がつくと、ナイフで絵をめちゃくちゃ塗りたくっていた。
みんながこっちを見ている。
悠はナイフを放り投げ、アトリエを飛び出した。
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