おそらく、藤堂のうったギャラリーの広告の成果だろう。
幸蔵はそれを見て、幼い時以来顔も見ていない息子の絵を一応見てみようと思ったのだろうか。
母が見捨てたにせよ、酒と女におぼれ、母を不幸にした父親を悠は許せなかった。
同時に、いつかこの父親を越えるという願望は悠の中に常にあったはずだ。
「これからもがんばりなさい」
老人はそう言って去った。
本人を目の前にすると、何の感慨もない代わりに憤りもない。
悠にとって今や一人の老人でしかなかった。
「村松幸蔵と知り合いなの?」
悠は藤堂の声に驚いて振り返った。
やっとギャラリーにやってきた藤堂はそのようすを少し離れたところで見ていたのだ。
「父親。でもガキの頃、お袋と別れたから」
「え、いいのか? 久しぶりに会ったんだろ?」
藤堂は驚いた。
「いいんです」
幸蔵と入れ違えに飯倉教授がやってきたお陰で、藤堂との会話が途絶える。
「お忙しい中わざわざありがとうございます」
「気持ちが悪いな、そんな殊勝なことをお前が言うと」
まだまだだな、と飯倉は捨て台詞を吐いて出て行く。
悠が構えるほどの誹謗中傷はどこにもなかった。
あの人はあの人の生き方で歩いていくしかないんだな。
オープニングの夜、高津や悦子らと飲んでいて、悠は飯倉の意外な話を聞いたのだ。
『最近耳にしたんだが、娘が心臓悪くて、カネがどれだけあっても足りないんだってさ』
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