だからといって飯倉が賄賂じみたカネを取ることを正当化はできないが、どんなに謗られても、飯倉はきっとかまわないに違いない。
娘のためなら。
「人間って、いじましいな」
悠はいつの間にか、自分だけのために、藤堂の手が欲しくなっていた。
ようやく悠はわかったのだ。
絵を描くことが、父親を超えるためでも、ましてや飯倉教授を超えるためでもないのだと。
口を揃えて、いい絵だと言われても、それらの言葉全てがまやかしだと思っていた。
死が怖いと思わなかったから、ビルの屋上の端に立つことも平気だった。
リアルさが際立っているだけで、たいした絵ではないことは、自分がよく知っていたはずだ。
だが、ここにきて、初めて描きたいと思ったものがある。
描きたいのは温かさだけ。
藤堂という、温かさを知ってしまったから。
「藤堂さん、今夜部屋で、打ち上げやんねー?」
やっと二人だけになった時、一世一代の覚悟を決めて、悠は藤堂に告げた。
「遅くなっても、俺、待ってるから」
藤堂の返事を待つうち、悠はひとつ、大きく息をつく。
藤堂は一瞬、言葉が出てこなかったが、すぐに顔をほころばせた。
「ようし、とびきりのディナーにしよう。美味しいもの、買って行くよ」
まだ何か話し足りない気がしたが、また携帯に呼び出しをくらい、藤堂は「なるべく早く切り上げる」と言い残してギャラリーを出た。
back next top Novels