五月も終盤に差し掛かった土曜日の夜、品川にある小料理屋の二階では、映画『はげしかれとは』の撮影陣、俳優もスタッフも交えてちょっとした打ち上げが行われていた。
打ち上げといっても、まだやっと四分の一ほどが終わったくらいで、まだ先は長いのだが、慰労のための飲み会は、ちょくちょく行われる。
「女将、うるさくして申し訳ありません」
ちょうど二階に上がってきた女将に、すかさず秋山が声をかける。
「いつものことですから、お気になさらず」
階下のカウンター席は常連がちらほらいるが、彼らもたまに業界の打ち上げで人気俳優などを見かけるのが楽しみのようで、そこは根回しを忘れない秋山が階下の客の分も支払いを持つことで逆にありがたがられている。
その夜は珍しく白河も同席していたが、最近は佐々木師範の厳しい指導のお陰ですっかりいっぱしの茶道家染みてきていた。
「さすが、だわねえ。白河、佐々木先生の門下がさ、何十年もこの世界にいるかのような所作だとかって噂してたわよ」
六条役のひとみが隣に座る相棒四ノ宮役の天野右京に言った。
天野は工藤や山根監督らと一緒のテーブルでアスカと笑い合っている白河をみた。
「そうですねえ、そこは俳優の矜持ってやつかも」
ジョッキのビールを飲みほして、天野は頷いた。
残念ながら、映画のメインを務める太田美香子はスケジュールの都合で参加していないが、太田と白河がロケに入ると互いを意識して芝居の格が倍にも跳ね上がる。
「ほんと、殺気立つくらいですよね」
天野が感心したように言うと、「フン、まだまだね。殺気なんかみせちゃ」とひとみが豪語する。
「しかし、白河優菜と太田美香子主役級の二人が競演ってだけでも宣伝効果すごいですよね」
「なーに感心してレポーターみたいなこと言ってんのよ。いい? この映画の主役はあんたと私、それに大澤と端田さんなのよ? しっかりしてよ!」
バシンと背中を叩かれて、天野は慌ててホタテの刺身を飲み込んだ。
「ハハ、何か広瀬さんとかと馴染んじゃったから、つい、制作側からの目線になってて」
するとひとみがはあ、と息をつく。
「そうよ、良太ちゃん。早く帰ってこないかしら。見なさいよ、良太ちゃんいないもんだから、高広なんかやさぐれちゃってさ」
「はあ? やさぐれって、まあ確かにお疲れのようですけど」
天野が工藤を見やると、山根や脚本家の久保田と三人、顔を突き合わせてぼそぼそと話し込んでいる。
「よう」
その時階段を上がってきた男が、工藤を見つけて声をかけた。
「ヤギ、しけた面してどうした?」
工藤は相変わらず着古したシャツにジーンズの無精ひげの男を軽く揶揄した。
「フン、ここいらでお前らが飲んでるって聞いたからなあ」
下柳はひょいひょいと歩いて工藤の横に座って胡坐をかいた。
「お疲れ様です。仕事このあたりで?」
女将が下柳の前に箸やおちょこ、グラス、御通しを置くと、山根が徳利を差し出した。
「まあな。しけた仕事よ」
注がれた酒をぐいと空けて、下柳は言った。
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