花さそう71

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 二四六から一つ入った通りの地下に、古いショットバーがある。
 MBC時代からADや下請けスタッフのたまり場になっていたこの店は、工藤もまた金のない仲間らとよく訪れていた頃から全く変わっていない。
 ドアも壁もカウンターもスツールも年季が入っている。
 ポップスだかジャズだかロックだかそのあたりの曲が適当に流れ、店内は今時喫煙可なので嫌煙家は長居しない。
 ドアを開けるなり、ざわめきと女性のボーカルと煙草の煙が一度に押し寄せた。
「おっせえぞ」
 よく知るうらぶれた背中を見つけて、工藤はコートのままその横に座った。
 時折隙間風がどこからともなく吹き込み、冬はドアを開けるたびに冷気が流れ込む。
「斎藤さん相手だ。これでも早い方だ」
「まあ、仕事が順調ってこった。良太ちゃんは元気か?」
「まあな」
 たまに白いものが混じる髪も切っていないのだろう後ろでゴムで括り、無精髭が結構伸びて、この冬はペルーあたりを歩いてきたらしいた日焼けした顔を、下柳は綻ばせた。
「工藤さん結構久しぶりですね」
 気取ったバーテンダースタイルとは程遠い、頭にバンダナ、腕まくりしたシャツにジーンズで、顎鬚をたくわえた馴染みのマスターがマイヤーズのホワイトラムのグラスと灰皿を工藤の前に置いた。
「お代わり」
 下柳はこの店では大抵ウオッカを飲んでいる。
 すぐに二杯目が下柳の前に差し出された。
 細長い店の奥の方には、数人の業界関係者らしい若い連中が数人盛り上がっているようだ。
「そういや、スキーに行ってたんだって?」
「誰に聞いたんだ」
「ドラマのADだ。珍しく宇都宮と一緒に豪勢な休暇を楽しんだらしいな」
「フン。たまには休養も必要だろう」
「おっと、とてもお前の口から出たとは思えない科白だな」
 下柳は本当に驚いたような顔で工藤を見た。
 工藤は鼻で笑う。
「良太がうちに来て五年経ったんだ。俺も年を取ったって当たり前だろう」
「うぉい! 一体全体どうしちまったんだ? 文字通り鬼の攪乱じゃねぇのか?」
 工藤はグラスを傾けながら、下柳の突っ込みを聞き流した。
「全体、たったか走り回って怒気を振りまいてた鬼が急ブレーキたぁ、業界に激震もんだぞ?」
 激震は大げさだが、工藤の活躍をよしとしない連中はいくらでもいる。
 そういう連中には鬼の急ブレーキの話なぞ、聞かせたくもない。
「急ブレーキじゃない。小休止だ」
「何かあったのか?」
 さすがに下柳も声のトーンを落として、マスターが賑やかな一団の方へ移動したのを見計らって尋ねた。
「何ってほどじゃない。検診で引っ掛かって、再検査した」
 一瞬下柳は絶句する。
 唾をゴクリと呑み込んでから、「結果はよ?」と続けた。
「今回は何とかパスした。俺の自称主治医が、少しは休養を取れだと」
 それを聞くと、下柳ははああああっと大きな溜息をつく。

 


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