花さそう72

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「ったく、心臓が止まるかと思ったぞ。俺の人生設計が狂うかと思ったじゃねぇか」
「なあにが、設計のせの字も知らないくせに」
「フン、自慢じゃないが、俺なんか胃も腸もポリープ取りまくって、医者に一体どういう食生活してるんだってど叱られてるぞ」
 それこそ自慢げに言うと、下柳はグラスを空にした。
「お前も少しは酒を控えるとか、休養でもしたらどうだ?」
「俺が休養なんかしたら明日からおまんまの食い上げだあな」
 工藤の言葉を無視して、下柳は三杯目をオーダーする。
「それで? 煙草もやめたっつうわけかよ」
 下柳は面白がってまた突っ込みを入れる。
「アスカと良太がうるせえんだよ」
 適当な言い訳をして工藤はグラスを口に持って行く。
「それに」
 工藤は酒を飲み干すと、「休養しろって良太のやつがぎゃあぎゃあ騒ぎやがるし。うっかり再検査のことが良太に知られちまって」と弁解がましく言った。
 下柳はガハガハ笑った。
「そりゃ、そりゃ」
 工藤はギロリと下柳を睨む。
「良太ちゃんのために禁煙するし、休養も取るわけやね」
「何だよ、それは」
 ほぼズボシでしかないことを改めて口にされた工藤は、今朝、朝食を用意して呼びに来た良太のことを思い出して、思わずいくつになっても可愛いってのはどうなんだ、と工藤らしからぬことを考えて苦笑いを浮かべていた。
 すぐに強面な顔を作り、工藤はお代わりをマスターに頼んだ。
「ひょっとして禁煙、されてましたか?」
 還暦を超えているはずのマスターは、身なりのせいもあるのか、当時とあまり変わらず、若々しく見える。
「うちの看板女優が匂いがつくだのなんだのうるさいんで」
「ああ、アスカさん? 私が言うのもおこがましいですが、彼女、いい女優さんになりましたね」
 フンと工藤は鼻で笑い、アスカがいい女優だなんて言われた日には、俺も年を取ったと言わざるを得ないぞ、と心の内でぼやく。
「俺が年取ったっちゃあ、周りは笑ってくれるだろうが、冗談でも年取ったとか、鬼が口にするんじゃねぇぞ。お前を目指して頑張ってるやつらをがっかりさせんな」
 割と真剣みを帯びた口調で下柳が言った。
「工藤さんが? 何言ってるんですか。なんか、若返ってません? 久々顔を見せていただいた俺が言うんだから、マジな話」
 工藤にマイヤーズを注いだグラスを差し出しながら、マスターが言った。
「だとよ。視聴率の取れないドキュメンタリーをこの世知辛い今、敢えてやろうなんざ、若気の至りじゃなけりゃお前ぐらいのもんだ」
 そう言うと、下柳は奥で屯している若い連中に目をやった。
「あいつら、お前のことをチラチラ見てるが、鬼に声を掛ける勇気はないのさ」
 下柳はニヤリと笑う。
 

 


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