だが、しばらく日比野らと話をしているうちに、波多野の姿は消えていた。
そういえば、多佳子のことで手を打ったのかどうか、工藤はそっちの方が気になった。
またしても良太に接触するとか、全く油断も隙もあったもんじゃない。
あのババア、波多野が良太に近づくなと釘を刺したところで、実際何をするかわかったもんじゃない。
直接怒鳴りつけたいのは山々だが、顔を合わせて警察に痛くもない腹を探られるようなことになるのだけは避けたい。
それこそ会社や仕事の関係者にまで影響が及ばないとも限らない。
「しかし、匠くんも東京を行ったり来たりで、よくやってくれたよな」
日比野が感心するように言うと、浅沼もスコッチが入ったグラスを握りながら頷いた。
「いやほんと、あの熱の入れようっていうか、憑依ってやつ? あれこそ」
「安倍晴明がほんとに乗り移ったかってくらいでしたよ」
照明スタッフの阿武が声を大にして言った。
「見てて鳥肌たったよな」
顔を赤くしたカメラの隅田も追随する。
「目力が半端なかった」
隅田に同意して日比野もうんうんと唸る。
後は編集に入るわけだが、ようやく長い撮影が終わったことで感慨深くも言葉は尽きないようだ。
こういう酒こそ五臓六腑に染みるというのだろう。
良太が聞けば、またオヤジが昭和なことを言っているとか言いそうなのだが。
工藤はふと、良太もこの場所にいられれば良かったかと思う。
スケジュールの関係で、既に次の仕事に向かった俳優陣も交えての打ち上げは東京に戻ってからになるから、良太も呼ぶか。
向こうの状況次第だが。
確かに、あと一人くらい、即戦力の人間がいれば、良太も少しは動きが取れるのだろうが。
全くそれは期待薄だな。
工藤は苦笑しながらグラスのバカルディを口に含んだ。
週明け、早朝の新宿歌舞伎町、凍えるような寒さの中、小笠原が通りを疾走していた。
小笠原に追われているのは半グレ役の尾上洋祐だ。
独特の雰囲気を持つ若手の成長株で、色々なドラマに引っ張りだこのバイプレーヤーである。
尾上が自転車に蹴躓いて転んだところを小笠原が追いついて確保したところで、カットの声がかかった。
小笠原が尾上の腕を取って起こすと、尾上は、「ってて……」と脚をさする。
「おい、大丈夫かよ」
「熱心なのはいいが、怪我をするな」
上から降ってきた声に二人は顔を上げた。
「あれえ、帰ってたのかよ? 工藤さん」
小笠原がニカッと笑う。
坂口と話していた良太は、えっと振り返った。
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