春立つ風に159

back  next  top  Novels


「あのっ、工藤さん、未来企画の尾上洋祐です。よろしくお願いします」
 小笠原の隣で尾上がしゃっちょこばって九〇度にも頭を下げる。 
「おう、工藤じゃねぇか。相変わらず苦々しいツラしやがって」
 良太と一緒に坂口もニヤニヤと工藤に歩み寄る。
「あんたのいつもながらの能天気ヅラには負けますよ」
「フン、今頃現れやがって、もうてめぇのいる場所はねぇぞ。良太ちゃんがもういすわっちゃってっからな」
「ほう? そりゃありがたい。俺は身体一つじゃ全然足りないとこだ」
「工藤さん、今朝着いたんですか?」
 工藤と坂口のいつものああ言えばこう言うの応酬をぶった切って、良太が聞いた。
 またタクシーでとかかよ?
「隅田と阿武が明け方次の現場へ向かうってんで、便乗してきた」
 スタッフ何人かで交代に運転していたようだが、途中一度サービスエリアで休憩に降りたくらいで、工藤はワンボックスカーの後ろの席でうつらうつらしていた。
 それでも二、三時間はしっかり眠っていたらしい。
 しっかりとこの現場の近くで工藤を降ろして、隅田らは浅草の方へと向かった。
 良太はポットに用意したコーヒーをカップに注ぐと、工藤と坂口に持って行った。
「おう。クソ寒いのにえらく元気な現場だな」
「若手が多いからな今日は。元気有り余ってそうな連中ばっかだ。特に尾上に小笠原、二度三度と全力疾走しやがってもあれだ」
 坂口がフンと二人を見やった。
 その尾上がコーヒーが飲みたそうに寄ってきたので、良太は小笠原の分と自分にもコーヒーを注ぐ。
「あったかーい!」
 小笠原に一つ渡しながらしみじみと言う。
「わ、このポットももう終わりだ」
 最後の一滴が良太のカップに落ちた。
 この界隈でたまにロケをやる際、夜明けにコーヒーを入れてくれる有難いコーヒーショップのマスターがいるのだが、何本かポットに作ってもらったがあっという間にはけてしまい、あとポット一つになった。
 良太は温かい液体を喉に流し込みながら、坂口とまだ何やら言い合っている工藤を見た。
 工藤は火曜より早く帰るかも知れないとは言っていたが、まさかこの現場にいきなり現れるとは思わなかった。
 寝起きということもあるだろうが、尾上や小笠原のような元気はなさそうだ。
「コーヒー、まだありますか?」
 声を掛けられて振り向くと、川野さくらの女性マネージャーが立っている。
「あ、はい。二つでいいですか?」
 良太はカップを二つ並べて、ポットからコーヒーを注いだ。
 基本、セルフサービスではあるが、さっきからここにいる良太が係りになってしまっている。
 さくらは寒さが苦手のようで、分厚いロングのダウンコートを着込んで椅子に縮こまっている。
「ポット、最後の一本だから、あとは早い者勝ちですね」
 良太がカップを二つ渡すと、マネージャーは「ありがとうございます」と言っていそいそと川野の方へ戻って行った。
「そうだ、今日、午後イチで、タイトルについてミーティングなんで、工藤さん、出られますよね?」
 思い出して、良太は工藤に言った。
「ああ? お前が受けたんだ、お前が行けばいいだろう」
「せっかく帰ってきたんだから、たまには顔を出したらどうです?」
 ムッとした顔で良太が進言する。

 


back  next  top  Novels