春立つ風に16

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「今夜ですか?」
「予定があれば無理にとは言わないが」
 ここで今夜は予定がなんて言おうものなら、即、ノーかよ。
 どこかで店に行ってみなければと思ってはいた。
 しかし、風邪が治りかけの今夜はできれば遠慮してぐっすり眠りたかった。
 のは山々だったが、良太としてもCEO自らのお誘いをここで断るわけにはいかなかった。
「いえ、是非、拝見させていただきたいです!」
 敢えて意気込みを見せるべくまたちょっと力が入ってしまった。
 すると案の定海老原だけでなく、野口も思わず笑みを浮かべた。
 オフィスを出てエレベーターで一人降りる途中で、良太は反省しきりだった。
 また、勇み足、って感じだよな。
 もちょと、冷静に物事を判断して言葉を選べるようにしないと、とは常々思っている良太だが、時々、愚直に突き進んでしまうようなところがあると自己分析はしている。
 ま、ともかく今夜に備えて、部屋でゆっくりしとこう。
 何時頃に店に行けばいいかを聞いたら、九時頃海老原が迎えに行くという。
 それを無暗に断るのもまずいだろうと、頷いた良太だが。
 何となく、秋山の話で、海老原が俳優で続かなかったという理由がわかった気がした。
 超イケメンだが色気あり過ぎ、妖艶な雰囲気も醸し出している。
 ここまでイメージが強いと使う側は苦労するかもしれない。
 何より、本人も俳優などにさほど未練もなかったのだろう。
「どうも腹に一物ありそうな人物とかって、俺、苦手なんだよな」
 同じイケメンでも宇都宮はさらっとすかっとイケメンだから、いろんな色を身に纏いやすいのかも知れない。
 いや、あの無駄にいい声で囁くのは心臓に悪いからやめて欲しいけど。
 何となく海老原からは、以前良太を工藤から引き離そうとした苦手な鴻池と同じ種類の匂いがした。
 すなわち近づきすぎるな、だ。
 寄ろうと思っていたところもあったのだが、今夜のことを考えて良太はそのままオフィスに戻ってきた。
「あら、お帰りなさい。早かったのね」
 鈴木さんに出迎えられて、良太は苦笑した。
「ええ、今夜また出かけなくちゃ行けなくなって」
「あら、大丈夫? 風邪の方はどう?」
「まあ、出かけるまでゆっくりしてますから」
 デスクに戻った良太は、再び『Gatto』のサイトや海老原についてネットで検索してみた。
 『Gatto』については、高級バーにしても値段が高い以外は、概ね好印象の口コミが多い。
 無論やはり実際自分で見てみないとわからないのだが、客層も悪くないようだ。
 海老原については案の定、若い頃モデルをやっていたとかドラマのエキストラに出ていたくらいの情報が引っ掛かった程度で、さほどデータがなかった。
 ランドエージェントコーポレーションに関した情報も海老原不動産傘下の海外部門というような情報が主だ。


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