春立つ風に17

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「じゃ、お先にし連れします」
 鈴木さんに声をかけられて、良太ははっと顔をあげた。
 もうこんな時間か。
「お疲れ様です」
「あんまり無理しないのよ?」
「はい、大丈夫です」
 『Gatto』がダメだった時のことを考えて、次の候補に連絡を入れなくてはならないと思いつつ、『Gatto』との印象が違い過ぎて二の足を踏んでいた。
 するとオフィスのドアが開いて、入ってきたのは秋山だった。
「あれ、どうしたんですか?」
「いや、お嬢様は今夜はオフで、久々ご両親がこちらに帰ってきているらしくて家にお送りしたところだ」
 秋山は手に提げていた袋から、カフェオレを取り出して良太のデスクに置いた。
「わ、ありがとうございます! アスカさんのご両親てずっと京都でしたっけ?」
「なんかすっかり京都人になってしまったとか言ってるよ、アスカさんも」
 窓際のソファに座ると、秋山もコーヒーを取り出して飲む。
「それで、『Gatto』はアポ取れたのか?」
 ひょっとしてそれが気になって、秋山さん、わざわざ寄ってくれたのか? 
「はい、あれからアポ取れたというか、今日の午後でなければいつ会えるかわからないって言われて、早速行ってきました」
「え、海老原に会えたわけ?」
 秋山は驚いた顔で聞いた。
「はい、CEOの海老原さんと社長の野口さん。ガードマンからして欧米人だし、英語は飛び交うし、一瞬外資かと思いましたよ」
「え、それで?」
 身を乗り出すようにして秋山が促した。
 良太はビルのエントランスでの老婦人と海老原とのやり取りから、社長の野口にその男が海老原と紹介されて、即、これはダメだと思ったことを話した。
「しかも、こんなギリで探すのは何かわけがあるのかみたいな突っ込み入れてくるし、海老原さん、それで坂口さん押しの店が潰れたこととか話すと、今度は何だ、二番煎じかとか言ってくるし」
 良太はカフェオレを飲みながら続けた。
「やっぱダメだなと思いつつも一応、俺は『Gatto』がいいと思ったとか何とか云って、もうとっとと退散しようとしたところが、海老原さんが、じゃあ、今夜一緒に『Gatto』に行こうとか言い出して」
「まさか、行くつもりか?」
 秋山の言い方は何となく引っ掛かりがある。
「ええ、自分で行こうと思ったら迎えにくるって、何か問題ありましたか?」
 すると秋山はしばし黙り込んだ。
「俺も行ってみようかな、『Gatto』」
 ボソリと秋山が言うと、良太は思わず、「一緒に行きます?」と喜んだ。
「あんな高級バーで飲むとか、俺のキャラじゃないし」

 


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